2011年1月20日木曜日

正義とはなにか

「ハーバート白熱教室」というNHKで放映されたマイケル・サンデル氏の講義をテレビでみた。面白いので「これからの正義の話をしよう」という本を買って読んでみた。
 高校生や大学生だけでなく、「政治とはなにか」「正義とはなにか」「哲学とはなにか」を考えされるにはよい教材になると感じた。例えば「功利主義」についてであるが、「ある健康な臓器を持っている1人を殺して、いろんな臓器を移植すれば5人が助かる」果たしてこの殺人行為は許されるのか?
 このような命題を考えながら、正義とはなにかを考えさせるのである。殺人をしてまでの臓器移植を許す人はいないであろう。しかしこれに近い話はよくあることなのだ。普天間基地移設問題に絡む発言で「普天間基地の辺野古移設について県民に受け入れを甘受してほしい」とある政治家が述べたことも、沖縄だけが犠牲になってくれれば、本土全体が安全になるということと同義語になるのだ。これなどはまさに、「1人が死ねば5人が助かる」という事と本質は同じである。
 本当にこのような解決方法しかないのか?違った方法での解決があるのではないかと、自分の頭で考えることが哲学なのであると思う。「マイケル・サンデル」の言いたいことは、正義のための「判断基準」「羅針盤」をしっかり持って生きよということではなかろうか。

2011年1月12日水曜日

無縁社会

 「無縁社会時代の介護を考える」春日キスヨ著 という本を読んだ。目次は「中年の子を養い続ける親」「介護するシングル息子・娘の孤独」「子が頼る親の年金」「夫の親より自分の親を優先させた妻」「仲のよくない夫婦の老後」「息子夫婦と同居しても家庭内ひとり暮らし」というタイトル。どれも人事でないことばかり。
 私ごとになるが、昨年末は岐阜に住んでいる親が2回目の脳梗塞で倒れた。介護するのは60歳と56歳のシングル息子の2人。1人は定年退職したばかり。もう一人は数年前から、親の介護をしながら年金がもらえるまで働かず同居。母親が元気な内は、食事・洗濯は親の仕事であった。今は各自なんとかやっているが親が亡くなったらこの男達2人はどうなるのかと、遠く離れた地から心配だけしている自分がいる。
 解決策は「家族以外のつながりをいかにつくるか」「介護保険など社会資源をうまく使う」事だと痛感した。

2011年1月6日木曜日

正邪と好悪

 「予防接種は効くのか?」(光文社新書)岩田健太郎著を読んでなるほどと思ったことがある。
本のタイトルの答えは本書を読んでいただくことにするが、以下の文章に考えさせられた。
「好悪(好き嫌い)」の問題を「正邪(正しい事と正しくない事)の問題にすり替えることは日常的に多くの大人がやっていると言う。例えば「ワクチン嫌いは好き嫌いから生じている」と。そして「後付けで」そのことに都合のよいデータをくっつけ、科学的言説であるかのように粉飾する。都合の悪いデータは罵倒するか、黙殺する。 著者は「ワクチン嫌い」を非難しているのではないのだと言っている。このような言説でワクチンを「正邪」の問題にすりかえることは良くないと言っている。このことには反対意見を多いが・・・。
 このことに限らず、私達は同じようなことをしていると感じた。「私はあの人が生理的に嫌いだ。だからあの人言うことは全て正しくない」と考えてしまうことは往々にしてあることだ。やはり大人は嫌いな人の言葉でも「あいつの言っていることはいかがなものだろうか?本当に間違っているのだろうか?」と客観的に問い直してみることが必要である。子供ではないのだから。
好き嫌いを人に押し付ける事はしたくないものだ。

2010年12月29日水曜日

手帳

 毎年年末になると、来年の手帳が欲しくなる。来年ははどんな手帳にしようかと
考え、迷うのが楽しい。薬局は、毎年製薬メーカーさんからいろんな手帳をもらうので
その中から、いいものを選んで決めている。ここ十数年は同じ手帳を使ってきた。
 手帳と言えば、最近は電子手帳を使っている人が多くなってきたが、私は紙の手帳が
いい。それも、1冊で公私ともに記入ができ、後から見て日記がわりになるものがいい。
 手帳を見れば、その人の人間性が全てわかってしまう程、個性が出るものだ。
字の大きさ、色の使い方、時間割等・・・。
 ある製薬メーカーのMRさんで、手帳の最後にしっかり連絡先を書き、もし失くして
拾ってくれた人に「金1万円」差し上げますと書いている人がいた。それほど
手帳をいうものは大事なものなのである。
さて、2011年あなたはどんな手帳を使いますか?

2010年12月20日月曜日

気になる言葉

 大分前から、気になっているのが「全然大丈夫」という言葉。この言葉は若くない人は気になるのではないかと思う。全然は、下に否定語くることになっている。「全然、解らない・・、全然・・ない」となる。敢えて理解するなら「全然、(問題ないから)大丈夫」という言葉の(問題ないから)を省いた言葉なのだと。こう理解すれば、今流行の短縮言葉の一つである。でも私は使いたくない言葉である。
 もう一つ気になる事がある。最近電車に乗ると車掌が「何番ホームにお廻りください↑」と「さい」をあげて言うのだ。気になってしょうがない。
 言葉とか文章はその人の「人間性」を曝け出す。その使い方、話し方でその「人となり」がわかってしまう。怖いが、やはり時代が反映するものである。

2010年12月14日火曜日

表と裏

 毎日新聞のコラムに斉藤環氏の「時代の風」がある。その中には「政治の裏」というタイトルで面白い話が散りばめられている。以下その一部を紹介する。
「民主党内閣には裏と表を使い分ける意図がないし、能力が欠けている。」「国際的内部告発サイトであるウィキリークスはアメリカ軍の戦闘記録約49万件を公開して、全世界に波紋を投げかけているが、アメリカ外交は情報漏洩の謝罪対応に終われている」「これはまだ兆候に過ぎないが、政治や外交から簡単には裏が消えるわけではない」「いずれにせよ、私達に必要なのは単に「裏」を切り捨てることではない。その醜悪さにひるむことなく<裏>の果たしてきた機能を十分に検証しておくことではなかろうか」
 どんなものにも表があるから裏があるのだ。これを切り離すことはできない。重要なのは表と裏を使い分けることではないだろうか。

2010年12月7日火曜日

日野原重明と加藤周一

 今年数えで100歳になるという聖路加病院理事長の日野原重明さんは、5年前から毎年国内外の約50の小学校をまわり「いのちの授業」を続けていると言う。授業で伝えていることは「命は君が持っている時間」「何のために時間を使うかはめいめいの課題。大きくなったら人のために大切に時間を使って欲しい」と訴えていると言う。命という抽象的な言葉を極めてわかりやすく説いている。
 2年ほど前に亡くなった医師であり、評論家であった加藤周一さんは「読書術」という本の中で次のように言っている。「読書はひとりでできる愉しみである」「設備も要らず、誰でも望めば昼となく夜となく好きな本を読める」「こんな便利な娯楽はない」「読書の愉しみは無限である。時間を持て余してすることがないという心理はわかりにくい」「人生は短く面白そうな本は多し」
 夜の長い冬はどんな本でもいいから、じっくり読むことを薦めたい。