2011年3月7日月曜日

医薬品ネット販売

 政府の行政刷新会議は3月6日に開いた「規制仕分け」で、ドラッグストアなどで販売する一般用医薬品のインターネット販売を原則禁止する規制を「見直し」と結論付けた。それに対して厚労省は副作用リスクの分類を定期的に見直してネット販売を一部認める姿勢を示した。議論は平行線を辿っている。
 現時点でネット販売を認めているのは副作用リスクが最も低い「第3類」だけである。厚労省は副作用リスクの分類を定期的に見直して「第3類」に移す医薬品を増やしてネット販売できる医薬品を増やす姿勢である。同じような内容見えるが、この差は大きい。
 仕分け人は「ネット販売よりも対面販売の方が、安全性が高いというデータはない」と言っているが、こんな暴論はない。この考え方でいくと「事務が服薬指導するより、薬剤師が服薬指導する方が、安全性が高いというデータはない」という論に近い。
 そもそも規制緩和せよとの圧力は、国民から出ているのではなく、ネット販売で儲けようとしている会社から出ているのである。仕分け人はそんな企業から献金でももらっているのではないかと疑いたくもなる。なんでも規制緩和すればよいと言うものでもない。
 国民の命がかかっているものに対して、国は慎重に対応すべきであることは、「イレッサ」訴訟が示していることである。

2011年3月1日火曜日

統一地方選挙

 日経新聞の「経済教室」で中央大学の佐々木信夫教授が「地方の乱を考える」で以下のような事を述べている。
4月の統一地方選挙では、東京を始め多くの都道府県、市町村で、首長、議員の選挙が行われる。地域政党やの台頭や連携などで新たな動きもあり、結果が注目される。
 争点は様々だが、共通して問われているのは地方議会のあり方で、議員数が多い、報酬が高い、働きぶりが見えないなど不信感が強い。そこに火をつけたのが「名古屋の乱」であった。しかし、地方議会の問題を議員の数や報酬の問題に限定してしまうと問題の本質を見失う。議会と首長を直接公選し、議会に議決機関、首長に執行機関の役割を与え、双方が独自性を発揮しながら抑制均衡を保つ。この「二元代表制」がうまく機能しているかどうかが、そこが問題なのだ。

 まさにこの通りだと思う。又、次のようにも言っている。
「二元代表制」はむしろ「機関対立主義」と称し、首長と議会の間に抑制牽制機能を与え、首長の暴走を議会が抑制する役割を期待している。これが首長支持勢力だけの「オール与党議会」になると本来の機能は失われる。

 これもしかりである。どこかの議会のことを言われているようだ。
参考までに、地方議員は兼業・兼職の許された非常勤の職であり、常勤職の国会議員と違い、「歳費」(給与)ではなく「報酬」が支払われる。報酬は給与と違い、非常勤公務員に労働の対価として労働日数に応じて支払われる。身分報酬でも生活給でもない。
 県議で80万、市議で40万、町村議で20万が平均となっているとのことである。

2011年2月22日火曜日

歌枕

 歌枕とは?と問われてすぐに答えられる人は数少ないと思う。つい最近に購入した本「京都うた紀行」・・近現代の歌枕を訪ねて・・に次のように書かれている。「歌枕とは、その地を冠して詠まれた古歌およびその場所をさす」
 著者の河野裕子氏は昨年の8月に乳がんでなくなった。死を受け入れながら詠んだ歌はなんと研ぎ澄まされていることだろうか。そんな彼女が夫「永田和弘」氏とともに、50箇所の歌枕を訪ねての紀行文である。
 50の歌枕の中で、「寂光院」を訪ねた時に詠まれた歌

みほとけよ祈らせ給へあまりにも短きこの世を過ぎゆくわれに   河野裕子

 忙しさの中で、ふと自分を見直すには最適の本である。

2011年2月14日月曜日

本という世界

 今、本の世界は大きな転換期に来ていることは、誰しも認めるところである。これから電子書籍がどれだけのスピードで普及するか予測することは困難であるが、将来的には「昔は本は紙でできていて、こんなに高かったのだよ」と言う時代がくるかもしれない。
 紙で本を読み、考えた世代が少なくなる事と平行して、変化していくのであろう。なぜかと言えば、若い世代は圧倒的に本を読まなくなってきているからだ。本を読むと言うことは、ただ単に目で字を追うだけではない。本の形、想定、段落・・等々が重なりあって想像し、理解され、定着するものである。
 将来的には、自分にあったバリエーションある「電子端末」が出てくるのであろう。大きさ、色、重さ、感触等々・・・
 もう少し安くなれば私も購入するかもしれない。
 しばらく、電子書籍の進化から目が離せないことは間違いない。

2011年2月8日火曜日

丸谷才一

丸谷才一という「小説家」「評論家」の名前を知っている人は少ないと思う。ましてや彼の本を読んだ人はもっと少ないであろう。彼の評論集「星のあいびき」の中に以下のような内容の文章があたので紹介する20世紀の特徴として以下の2点を挙げている。

20世紀は戦争と革命の世紀だと言われている。二つの世界大戦、イタリアのエチオピア侵略、日本の中国侵略、朝鮮戦争、そして世紀末には湾岸戦争があった。別格として、冷戦という戦争もあった。20世紀の100年間において、戦争らしい戦争が無かったのは、1920年代だけだったと言う学者もいるくらいだ。革命の方もすごかった。ロシア革命、スペイン内乱、中国革命。この戦争と革命の世紀において実に多くの人が殺された。あるアメリカの学者によると、1916年から1965年にかけて国際問の、国と国との戦争が74回ある。その74の戦争で死んだ人、死者の数を一番多い順に番付にすると、二つの世界大戦、1937年から1939年までの日本の対中国戦争、それから朝鮮戦争、この四つの戦争でそれぞれ百万人以上の人間が戦場で亡くなつたと言われている。
暗澹たる20世紀が誇りうるほんの僅かの事柄の一つが、モーツァルトの音楽をそれにふさわしい栄光の位置に押し上げたということである。べートーヴェソが圧倒的に尊敬され、モーツァルトは影が薄かつた。19世紀末にはワグナーが人気を博し、そのあおりででモーツァルトの評判はそれほどではなかったのだ。
もう一つは、儒者たちがしきりに「源氏物語」を攻撃していたが、国学者たちが、非常に頑張って「源氏物語」を応援した。儒教的な考え方が明治になつても盛んで、森鴎外、夏目漱石、この二人はどちらも明治時代最高の文学の目利きなんであるが、両人とも「源氏物語」に対して冷淡であった。森鴎外は「源氏は悪文である」なんて言っている。夏目漱石は『源氏物語』を問題にしていない。(敗戦とともに、軍人が威張るこができなくなり、皇室関係のタブーが解けた時に、「源氏物語」は天下晴れて日本文学最高の長篇小説と言うことになったのである。

今の我々には、両方とも簡単に聞けたり、読んだりできる電子端末がある。「モーツァルト」「源氏物語」に挑戦してみては如何かな。

2011年2月1日火曜日

自由貿易は民主主義を滅ぼす

こんなタイトルにびっくりして本を購入した。なぜそうなのか?以下の著者「E・トッド」は以下のように述べている。
多くの人が、「経済的自由」と「政治的な自由」を混同して考える傾向にあります。「自由貿易と政治的な自由は同じであり、それに対して保護主義は、閉ざされたものであるから自由ではない・民主主義ではない」と。しかし歴史を振り返れば、それは全くの間違いです。保護主義の方がむしろ民主主義を助長させ、社会的な平等という価値に基づいた経済政策を行なってきたという歴史があるからです。
イギリスは、十七世紀、十八世紀に経済的に発展しました。当時、クロムウェルの下で、保護主義的な経済政策が行われていたわけですが、同時に民主主義も進展します。それに対し、ビクトリア王朝期には、むしろ不平等が拡大しました。この時とられた政策は、自由貿易です。なぜなら自由貿易は不平等、格差を拡大するものだからです。したがって、自由貿易体制を長期に続ければ、必ず社会の不平等は拡大し、非常に優遇された超富裕層が社会を支配していくことになる。
今のアメリカのその典型だと考える。又、今の日本にに対しても「示唆的な言葉である。民主党政権は今躍起になって、TPP(別名:環太平洋経済協定)に参加しようとしている。民主主義に逆行する危険な動きである。

2011年1月25日火曜日

タイガーマスク

 私のような昭和20年代生まれの人には「タイガーマスク」という漫画は、タイトルは知っているが、実際には見ていない人が多いのではなかろうか。
 ましてや、主人公の名前が「伊達直人」とは知らなかった。ただ、なかなかいい名前だなと感じたくらいだ。なぜ聞いた様ないい名前かと考えたら、「菅直人」と同じ名前ではないか。「菅直人」は迷走しているが、「伊達直人」は迷走していなくて、ストレートである。
 その後、この善意のキャラクターは「アンパンマン」や「星飛雄馬」と続いた。私などはだいぶ捻くれているから、「なぜタイガーマスクなのかを」と考えてしまう。「なんとなく偽善くさいなあ」「いや、善意を素直に受けとめれば」「「日本人は慈善行為の仕方を知らないのか」・・・。
 実名公表しての慈善活動は、偽善だとすぐにネットで非難されるような世の中である。このような形での「慈善運動」は素直に喜ぶべきであろう。