2011年10月8日土曜日

お疲れ様の乱用に注意



日経連載の「実践マナー塾」に「お疲れさま」乱用に注意と出して以下の文章が載っていた。日頃から私が感じていたことで、そのとおり!と思った次第。以下紹介する。
電話での挨拶について、会社内の電話ならば「お疲れさまです」という言葉でもよいでしょう。ところが近ごろ、他社に電話した時に「お疲れさまです」と言われて驚きました。  
今の若い人は「お疲れさまです」が好きですね。労をねぎらう言葉として、社内では目上にも使ってよいとされていますが、ところ構わず使う人がいて、どうかと思うことがあります。
やはり、朝は「おはようございいます」という挨拶のほうが気持ちがよいもの。「お疲れさま」は午後の遅い時間からでよいでしょう。社内でも「おはようございます」「こんにちは」という言葉をもっと使った方がいいと思います。
労をねぎらうことは優位に立っていることですから、ねぎらいを言う人の立場が上になります。社内ではよくても、社外の方に「お疲れさま」は失礼です。余談ですが、美容院やブティックなどでも店員がお客様に「お疲れさま」と言いますが、あれは労をねぎらっているのでなく単なる挨拶言菜と理解しています。
挨拶はすればいいというものではありません。電話口でいきなり、「いつもお世話になっております。○○です」と言われることがあります。電話は相手が見えないのですから、まずは名前を名乗らないと相手に余計な気遣いをさせます。
「おはようございます」の挨拶言葉は別として、まずは自分の名前を名乗ってからきちんとした感謝の挨拶をします。そのほうが相手に安心感を与えます。(マナーデザイナー岩下宣子)

私は立場上、いろんなところから、勧誘の電話が入る。電話に出るといきなり、「いつもお世話になっています。・・・」と言われる。「?・・・私いつあなたにお世話しました?」と嫌味な返事をすることも何度かあった。電話でも、面と向かってでも、挨拶は大事であるが、枕詞のように同じ言葉ではよくない。時と、場所と、相手を考えての挨拶が大切である。
 

2011年10月7日金曜日

チェルノブイリだけでは足らなかった

全日本民医連の名誉会長である高柳新氏が、「社会保障」のコラム「世相、診断・処方」で福島の原発事故に関して「チェリノブイリだけでは足りなかった」と題して書いている。以下、が概略である。

これまで、毎年のように夏になれば戦争の事を思い出し、原水禁大会で何が議論されているかに関心を向けてきた。ただ原発問題に真剣に向き合うことはなかった。1986年のチェルノブイリの原発事故に対しても他国の話であり、僕の担当外の事としてやり過ごしてきた。「平和活動家」や、核廃絶と迫ってくる人は、面と向かって言うことはなかったが「にがて」だった。「脱原発」を主張して活動していた高木仁三郎氏の事はある程度知ってはいたが本気で勉強したのは3・11以降のことだ。
「原発推進論者」ではないが「もっと安全な原発を」といったところが残念ながら僕のスタンスだった。僕の周辺にも脱原発をまともに論じている人はほとんどいなかったように思う。
地域の人々の「いのちと暮らし」を守る運動をモットーに活動してきた1人として、大変に抜かりがあったと心から反省している。「申し訳ない」とも思う。
福島大学副学長の清水修二さんが最近出された著書『原発になお地域の未来を託せるか』の中で次のように書かれている。
「確かにまだ放射能で誰も死んでいません。しかし十数万人が故郷や学び屋を失い、自治体は移転を余儀なくされ、その住民はちりぢりばらばらに離散し、農業は長期にわたって生産基盤を奪われ、漁業者は豊饒な海を前にして船を出すことができない。酪農家や畜産農家は手塩にかけた牛や豚を置き去りにする代わりに、損害賠償のための書類を用意しておけなどと言われてどれほど惨めなことか。8000人もの児童がまるで戦争中のように転校疎開し、それを見ながらあえて避難せずにいる家族も多いけれど、ひょっとして一生ヒバクシャ差別を受けることになるのではないかと、親は我が子の将来への不安がぬぐえない。シーベルトだベクレルだと、今まで聞いたこともない単位の数字に一喜一憂し、誰の言葉を信じればいいのかとまどうばかりで、時には家族の中でさえ激しい口論が持ち上がる。そして、こういう日がいつまで続くのか、その先に『もとの生活』があるかどうか、それも見当がつかない。」
原発に地域の発展の夢の前途に、こんな光景を想像し得た人が果たしているだろうか。原発反対を叫んでいた幾人もの人でさえおそらく想像の及ばない世界であったようだ。福島県民はみな「私たちが何か悪いことをしたのですか」と、天に向かって叫びたい気持ちをみんなが抱いているという。
僕の住むのは東京の八王子だ。チェルノブイリを考えればいつ放射能汚染圏内に入ってもおかしくはない。仮に汚染から免れたにしろ、フクシマは世界中の大問題になってしまった。ドイツでもイタリアでも脱原発に向かって大きく動き始めた。われわれもそれら諸国の住民運動をしっかり研究し進まなければならない。
八王子でも母親を中心に学習会や映画会が始まっているが、さらに何をなすべきかを考え、組織し、行動しよう。

彼(高柳氏)は、医療人として正直に、今までの自分の原発に対しての不勉強を恥じている。この点がすごいと思う。私は、今までに何も勉強もしていなく、行動もしてこなかったのに、急に発言する人を信じません。何事にも自分の不勉強を反省してからの行動が大事である。

2011年10月4日火曜日

顔を持たないシステム

精神科医の斉藤環氏は毎日新聞のコラムで「放射線物質とデモ」というタイトルで以下のように述べている。概略を紹介しよう。

「文部科学省及び群馬県による航空機モニタリング」の結果が、9月27日に発表となった。広域の放射性物質による影響や避難区域等における線量評価や放射性物質の蓄積状況の評価のためになされた調査である。この結果を見る限り、放射性物質による汚染の広がりは、予想以上に深刻に思える。茨城県南部や千葉県北西部はもとより、群馬県や栃木県にも高い蓄積量を示す地域(ホットスポット)があるのがわかる。
しかし汚染地図を見ると、福島県から遠く離れた群馬県にすらチェルノブイリ事故の際の基準でいえば「放射線管理区域」(1平方㍍当たり3万7000ベクレル)に該当する場所があり、あらためて事故の影響のはかり知れなさに愕然とする。加えて東京都に関してはまだ調査結果が公表されておらず、さらに汚染地域が広がることも懸念される。
年間100㍉シーベルト以下の低線量被曝による放射線被害は、確率的であるとされる。汚染地域内でも線量のむらは大きいし、体内に取り込まれて内部被曝が生じた場合でも、年齢や性差によって影響は異なってくる。
それゆえ、影響の大きさを事前に予測する手がかりはほとんどない。いや、実際に障害が生じた場合ですら、内部被曝との因果関係を証明することはきわめて困難だ。なにしろチェルノブイリ原発事故についてすら、健康への影響についてはいまだ一致した見解が得られていないのだから。
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は2008年の報告で、6000例を超える小児の甲状腺がんは原発事故と関係があるとしつつも、他のがんについては、そうした関連性を示すエビデンス(根拠)はないとしている。
しかし、もはやエビデンスを待つ段階ではない。東京電力による「想定外」、ないし「人災ではない」といった〞言い訳″ によって決定的となったのは、絶対に無事故の原発が原理的にありえないという事実だ。だとすれば原子力発電所は、ただ存在するだけで私達の生を確率によって汚染するという原罪を帯びることになる。
もちろんその電力を求め消費したのは私たちだ。しかし性急に自己責任を問う前に、考えておきたいことがある。
システム的な悪。原発事故はその最悪の象徴である。私たちがその存在を求め、依存し、あるいは依存している事実すら忘れていた「電力システム」のもたらした「悪」。このシステムには「顔」がない。それは神のように遍在しながら同時に私たちの分身でもある。ここで生じた悪はただちに私たち全員を共犯関係に巻き込み、全員が共犯であるがゆえに、ただちに「責任」はうやむやになる。
そう、放射線を浴びるまでもない。システムはすでに私たちを匿名化し、とうの昔に確率的存在に変えてしまっていたのだ。
顔を持たないシステムに対抗すること。それは私たちが「顔」や「名前」を持つ存在として「声」を上げることを意味するだろう。すでに都内では数万人規模の反原発デモが繰り返されている。この種の運動が久しくみられなかった「楽園」において、これは喜ばしい兆候だ。支援と擁護と参加をもって、その歴史的意義への肯定に代えたい。

彼のコメントは哲学的であるがゆえに、わかりにくいと思われるが意外と解りやすい。このような計り知れない被害、わかりにくいシステムに対していくには具体的な行動をつくって、可視化させることが重要であると言っていることに共感する。

2011年9月30日金曜日

普天間基地問題

 普天間基地問題について、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は毎日新聞で以下のような分析をしています。
23日(日本時間24日)、訪米中の野田佳彦首相が内外記者会見を行った。<首相は普天間移設を巡り、日米首脳会談でオバマ大統領に「昨年の日米合意にのっとって推進する」と日本側の考えを伝えたことを説明。抑止力維持と沖縄の基地負担軽減に取り組む姿勢を示し、「沖縄に県外移転を望む声があることもよく承知しているが、丁寧に説明しながら(県内移設に)ご理解をいただくということ」と述べた。> このことに対して、以下のように述べている。

野田首相は、沖縄が米海兵隊普天間飛行場の辺野古(秤縄県名護市)への受け入れに理解を示す可能性が皆無であるという現実を直視すべきだ。率直に言おう。政権交代以前ならば、辺野古移設の可能性はあった。しかし、鳩山由紀夫政権が沖縄県外への移設を口にしながら、最終的に辺野古移設に回帰した過程で、普天間問題の位相が変化してしまった。野田首相を含む東京の政治エリート(国会議員、官僚)は普天間問題を安全保障の枠組みで考えている。これに対して、沖縄は普天間問題を東京の政治エリートによる沖縄への差別問題と捉えている。この認識の差異を正確に理解しない限り、野田首相がいくら誠実に努力しても、空回りするだけだ。
日本の地上面概の0.6%を占めるにすぎない沖縄に在日米軍墓地の74%が所在しているという現状は、明らかに不平等だ。しかし、沖縄はその不平等な現実に耐えてきた。
その背景には、以下の琉球語(沖縄方言)の俚諺に象徴される沖縄の精神的伝統がある。「チエニクルサッティンニンダリーシガ、チュクルチエニンダラーン(他人に痛めつけられても眠ることができるが、他人を痛めつけては眠ることができない)」
当時の鳩山首相が沖縄県外への移設を模索すると宣言したとき、沖縄は「ついにわれわれの痛みを理解し、その解消に努力してくれる首相が現れた」と心から喜んだ。しかし、外務官僚、防衛官僚の包囲網によって鳩山首相は身動きが取れなくなり、辺野古案に回帰してしまった。
この過程で見えたのが差別の論理だ。沖縄県以外の都道府県が海兵隊飛行場を受け入れないのは地元の民意が反対しているからだ。民意に反する政策を強行しないというのが民主主義原則だ。沖縄の民意も海兵隊飛行場の受け入れに反対しているにもかかわらず移設を強要されるのは、沖縄には民主主義原則が適用されないということに他ならない。これは明白な差別だ。しかもこの差別は、人間にたとえるならば生活習慣病のように構造化しているので、東京の政治エリートにはどこに問題があるか見えないのである。野田首相が構造的差別という観点から普天間問題を見つめれば、新たな展望が開かれる。

佐藤優氏は結構過激な発言をすることで有名であるが、この説は当たっていると思う。彼の説で行くと解決策は二つ。一つは国外移設。もう一つは県外移設で平等に負担する。果たして佐藤氏はどちらを期待しているのであろうか。又、どちらが可能であろうか。

2011年9月26日月曜日

小さな親切大きなお世話

東洋経済の北川達夫氏の「対話力入門」を何度も紹介している。何故かと言えば、今の政治の問題を解決する上で、各政党間の討論会があるが、聞いていると、自分の言いたいことだけを言いっぱなしという事が非常に多い。大人の討論ではないのだ。以下の北川氏の文章の一部を紹介したい。

「小さな親切、大きなお世話」という、何とも身もふたもない言葉がある。ちょっとした善意が社会の潤滑油になる。それは否定しない。だが、自分では親切のつもりでも、相手にとっては迷惑の場合もあるのではないか。それも否定できまい。
もう一つ。道徳の黄金律とは「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」。これは『マタイ伝』の言葉である。これが東洋の『論語』においては、「己の欲せざるところ、人に施すことなかれ」となる。要するに、自分を規準にして、他者に何をすべきか、あるいは何をすべきではないかを考えるということだ。
これに対して、皮肉屋の劇作家バーナード・ショウは戯曲『人と超人』において「何事も人々からしてほしいと望むことは、人々にはそのとおりにしてはならない。好みは同じではないだろうから」と揶揄した。確かに、そのとおりではある。
そんなことを言っていたら、何もできないではないか!そう、バーナード・ショウのような考え方を突き詰めていくと、相手に対して何もできなくなってしまう。何も言えなくなってしまう。
「お節介」という言葉がある。一般に、度が過ぎた親切のことを、お節介という。では、親切とお節介の境界はどこにあるのか?その線引きは意外に難しい。
古典的な対話論では、困っている人、苦しんでいる人、悩んでいる人を目にしたときこそ、対話的に考えて行動すべきだと教えている。他者の苦しみを見たことに苦しめ。
自分なりの善意や正義感で、それが相手に迷惑と受け止められようとも、行動することが必要だということである。当然、行動すれば衝突する可能性もある。だが、衝突するからこそ、対話の必要性も生じるのだ。
対話とは、個々の「違い」を隔離して、平穏無事に共存する方法ではない。「違い」を衝突させ、混沌とした状況に苦しみながら、共存の道を模索する方法なのである。
傷つきたくないから、何も言わない人や、自分の意見ばかり言って、人の意見を聞かない人が多くなった。
いつの間に日本という国はこんなに幼稚化してしまったのだろうか。メディアの責任は大きいと思う。

2011年9月20日火曜日

9.11から10年

野坂昭如氏の「七転び八起き」の連載が、毎日新聞に開始されて2年以上が経つ。彼は脳卒中で倒れ、しばらく病気療養していた。リハビリにより、かなり回復している。奥さんの口述筆記により、毎週冴えた文章を読者に提供している。「今回は9・11から10年」というタイトルで書かれている。
以下、かなり短くまとめてみた。
アメリカ同時多発テロから10年経った。あの時、ぼくはテレビを観ていた。ワールドトレードセンターに飛行機が突っ込み、やがて炎、煙とともにビルが崩壊。衝撃を受けながら、一部始終観ていた。これを機にアメリカはイラク戦争にのめり込んでいく。10年。3652日。一体あれからアメリカは変わったのか。あのテロは世界を変えたと言われる。確かにこれまでの戦争とは違った。これまでの戦争は国対国というカタチだった。ブッシュ大統領は、9・11直後、「これは戦争だ」と宣告。しかし戦争というにしては敵としての国家は無かった。テロは突きつめていえば、個人の問題に属する。国家対国家の場合は、会話が成立する。両国にとって最悪の事態を避けるべく努力も可能だろう。しかしテロの場合それは出来ない。アメリカは9・11以後、悲しみに暮れた。そして国を挙げて一丸となって報復に向かう。打倒フセイン、ウサマ・ビンラディン。テロ組織アルカイダに立ち向かうべく、アメリカの大義が整った。アメリカの言う大義という名目の陰に、石油という利権が透けて見える。つまりアメリカは自国の利益で動く。これを欧米は冷静に見極めつつ、我が身にふりかかる火の粉だけふり払い、冷ややかに眺める。
アメリカは世界の警察国家を自任し、しかしそれは叶わぬまま、それでも世界を牛耳ろうとあちこち手や口を出す。これまでもアメリカの手段については、目に余ると言われてきた。自国の民主主義を旗印に軍事力を強化。経済力を背景に超大国アメリカの価値観を押し付け、それぞれの特徴をおしひしいできた。
この時、小泉純一郎はわが国の憲法を曲げて解釈、自衛隊をイラクに派兵する論拠とした。こうして日本は、アメリカの報復戦争に追随、というより、はっきり加担した。過去のことではない。あの暴挙は、今後の日本を大きく変える危険がある。
日本は戦後他国と戦火を交えることのないよう慎重に歩んできた。しかし徐々に歯止めが失われつつある。先日ワシントンで前原誠司・民主党政調会長は自衛隊の海外派遣の際の武器使用基準を綬和すべきだと述べた。さらに武器輸出三原則の見直しにも触れた。戦後日本が守ってきた大原則を党内はおろか世間の論議もないまま、民意を無視した形でキナ臭い方向へ向かわせようとしている。これは具体的に危ない兆候。もう少し世間は敏感になるべきだ。面倒臭がらず、何にしたって考えること。同時多発テロを含め、軍事力では何も解決出来ないことは立証されている。
何事も面倒くされないことが大事である。簡単にズバ、ズバ結論を出すことはその場面では気持ちがいいが、決していい解決法ではない。特に、国と国との関係ではなおさらだ。

2011年9月13日火曜日

安全性の哲学

 大学時代の恩師にあたる「河合聰」先生(岐阜薬科大学)から、「放射線とはなにか」という本が送られてきた。大学を卒業して36年も経つのに、まだ気を使っていただいていることは本当にありがたいことである。放射線と正しく向き合うために緊急に出された本である。
 その中で、少し長いが印象に残る文章を以下に記す。

 安全性の哲学
宇宙や大地から来る自然放射線、私たちの身体の中にある放射性同位元素から日常的に浴びている少ない量の放射線からは逃れようはありません。また、それを怖がる人もいません。飛行機で旅行すれば地上の数倍の宇宙放射線にさらされることになりますが、そのために旅行を取りやめることはしません。
一方、多量(高線量)の放射線は身体に害を及ぼすことは事実です。その被害の大きさや性質は放射線の種類と量、受ける身体の部位、放射線の受け方、全身か部分か、一度に大量に受けるか長期間に少しずつ受けるか、によって異なります。高線量とはいえない程度の被ばくではどうなのか。

問題はこの点です。
実は、少ない線量(低線量)の放射線が身体にどういう影響を及ぼすのか、及ぼす場合はどういう影響を及ぼすのかは科学的に十分解明されているとはいえないのです。低線量放射線の生物への影響は今でも重要な研究課題なのです。現時点では誰にもわからないというしかありません。先に触れましたように、放射線に「しきい値」というものがあるのか、なお結論は出ていません。

こういう状況の中で私たちはどう対応すればいいのでしょうか。これが「安全性の哲学」です。
武谷三男(1911-2000、物理学者)は、著書『安全性の考え方』の中で「安全に絶対はない。危険を避けることが最高の安全対策だ」と述べています。この原則はきわめて明快であり重要だと思います。武谷は、専門家の意見が大事にされることが日本の安全問題の最大の欠点だと指摘しています。そして、「安全性の判断に利潤や損得が介入してはならない。」と述べ、「施設の安全性について設計者は問題があると考えるはずはない。問題があると思えば直すからだ。しかし、専門技術者の判定に意味がないのは、車検を通った車は故障が起こるはずがないというのと同じくらいナンセンスだ」と断言しています。
また、原発については次のように警告しています。「利潤や採算ほど勝手なものはない。国民の楽しい健全な生活を犠牲に供し、尻拭いは国民の税金で行うのだから。こうして危険を警告する者を一笑に付したり悪者扱いにして、あとは知らぬ顔である。」 
何という鋭い指摘でしょう。先般の福島第一原発事故にそのまま当てはまるではありませんか。
専門家とは何者か。自然科学の分野において、研究成果に関する知識と専門家は決してイコールではありません。研究成果は事実ですが、専門家がその事実をどう判断するかという過程において、専門家といえども人間ですから主観が入り込むのを避けることはできません。さらに、専門分野についても何もかも理解できているわけではありません。専門家たちの意見は大いに参考にすべきでしょうが彼らに判断を委ねてはなりません。大切なことはみんなで議論することだと思います。そして物事を最終的に決めるのは、たとえその結論が結果的に妥当性を欠く場合があるとしても、市民であって専門家ではありません。この意味はきわめて重いとみるべきです。市民が自ら考える生き方を社会全体で育てていくことが重要ではないでしょうか。

さらに続けて警告します。「もちろん、何事にも事故は起きます。しかし、あくまで事故をゼロにする努力をしてこそ事故は防げるのです。事故が避けられる選択を探すことです。」
東日本大震災においても、「放射能は何重にも閉じ込められている」という専門家による原発の「安全神話」はあっけなく崩れました。専門家の判断を参考にして行政が指定した避難場所の多くが津波の被害に見舞われました。福島第一原発の事故も「想定外」だったというのです。「誰もこんな大地震が起こるなんて思ってもみなかった」と。
しかし歴史を紐解くと、東北地方では幾度も大きな地震に見舞われています。
先般の地震は、決して「想定外」ではなかったのです。それなのに「地震が起きれば大災害にもつながりかねない」という原発の危険性を督告する声に耳を貸そうとせず、原発政策をひたすら推進してきた電力会社、専門家、政府に対して、責任を追求する声が湧き上がるのは当然です。「想定外」とはどういう意味でしょうか。現代の科学的知識では誰にも予測できなかったという現象は当然起こり得ることです。今回の原発事故の原因は地震であり津波でしたが、隕石の落下とまでいわなくても、飛行機やヘリコプターが墜落することだってあり得るでしょう。戦争や内紛は今でも起きていますし、テロの標的にされることだってあり得るでしょう。そもそも「原発は事故が起これば大災害につながる」ということ自体が「想定内」というべきです。
野依(ノーベル賞受賞)は最近の発言の中で福島第一原発事故について「科学者の『想定外』は言い逃れ」だと厳しく言及しています。「確率は低くても、起こり得ることは起こる。危機管理が甘かったと反省し、率直に非を認めなければなりません。」
科学技術者の倫理が問われているように思われてなりません。被ばく線量についても武谷は「許容量というのは、その量までは危険がない量、という考え方は間違っている。その量まででも、実は危険があるかもしれない。しかし、そのものを使うことによって、社会的な利益があるならば、マイナスとプラスとを天秤にかけて、ある量までのマイナスは我慢してもいいのではないかという量が許容量である。許容量とは社会的概念である。」と述べています。

実に教訓的な文章だ。許容量の考え方もまさにこの通りである。