2013年4月15日月曜日

名言・警句より


二木立氏の「名言・警句」より、紹介。
宇都宮健児(弁護士・日本弁護士連合会前会長。
(2012年末の東京都知事選挙に立候補)
「リベラルな勢力の人たちは『正しいことを言えば運動は広がる』と思っている気がします。正しい政策作りは1割の力で、残り9割は、有権者の心理に切り込む作戦に注ぐべきです。(中略)好きな言葉に『同質の集団の集まりは和にしかならないが、異質の集団の集まりは積になって広がる』というものがあります。違う考えの人たちが手を結べばかけ算で運動は広がる」(「民医連新聞」2013年3月4日号。全日本民医連第2回評議員会での講演)。二木コメント-本「ニューズレター」103号で紹介した湯浅誠さんの「共感の技法」や原昌平さんの「『ゆるさ』が必要」と、同じ問題提起と思います。同104号で紹介した、冨田和彦さんの「トップのコミュニケーションには、組織の空気を少しずつ変えていく根気強さが必要だ」とも一脈通じると感じました。
 宇都宮健児氏は都知事選で敗れたが、その後も普通に頑張っておられる。感服。
有権者の心理に切り込む作戦とは・・。「共感」「ゆるさ」どれも、しっかりとした土台があって、それにプラスされなければならないことであると考える。

小島寛之(帝京大学経済学部教授、数学エッセイストとしても活躍)
「テレビや新聞で、経済学があたかも堅固な真理性を備えたものであるかのようにうそぶく人がいるが、そんな言説に騙されてはいけない」、「経済学は、現実解析の学問としては、まだ完成からはほど遠い状態であり、社会設計や政策選択の科学としては無力に近い状態だ。世の中には、経済学的な主張をあたかも『科学的真実』かのように堂々と語る経済学者も多いが、きっとそういう人たちは、ある種の社会的立場からうそぶいているか、あるいは、物理学を勉強したことがないせいで『科学的真実』とはなんであるかがまったくわかっていないのであろう」(『ゼロからわかる経済学の思考法』(講談社現代新書,2012,4,20頁)。
 経済学を学んだことのない私にも、「アベノミクス」「3本の矢」とかの言葉だけで、世の中が良くならないこと位わかる。失われた20年の原因をつくった手法とまったく同じことをやろうとしているだけである。失われた30年にならないことを祈るのみである。


2013年4月12日金曜日

核と暮らす日々



池澤夏樹氏の「楽しい終末」(中公文庫)を借りて読む。その中で、「核と暮らす日々」という論文を紹介。
さて、大きな事故か何かをきっかけに世界中の世論が一致して核兵器が廃絶され、原子力発電所もすべて閉鎖されたとして、われわれは核とすっかり縁を切れるだろうか。核はそれぐらいのことでは立ち去ってくれない。
人類は今後いつまでも核の知識に耐えていかなければならない。1959年という冷戦もさなかの時点で発表されて今も読みつがれている『黙示録3174年』というSFがある。作者はウォルターミラー、ほとんどこれ一作で名を残した人である。世界規模の核戦争が起こり、人類のほとんどと文明の大半は失われる。残った人々は極端な知識嫌悪に陥り、オプスキュランティズム(蒙昧主義)がすべての知的活動をおしつぶし、世界は中世以前の状態に戻る。
しかし、その段階からまた人は少しずつ知識を集め、文明を作り、研究を進めて、かつての失われた文明を再興する。そして、結局はまた核兵器が作られ、使われる。
この話はあるカトリックの修道院を舞台にして、一千年以上に亘る長い未来史を三段階に分けて書いている。つまり、何がどうなっても人は核の知識から逃れることはできないのだ。中世に戻ったところでその時点から科学は再出発し、やがてまた人は核を手中に収める。われわれが核エネルギーの利用法を知っているという事実は消しょうがない。月がないふりをするのが無意味なのと同じように、核エネルギーが存在しないふりをするのもナンセンスである。
人間と核の関係は次々に違う数値を取る数列のように思える。この数列が先の方で収束しているのか発散するのか、今の段階では誰にも予測できない。ある日いきなりカタストロフィ現象が起こってすべてが終わりを迎えるかもしれない。
いずれにしても核の扱いに人は今後もずっと苦しむだろうし、絶対の安定に至って数列がずっと同じ数値を繰り返すようになることはないだろう。
火薬が社会史を変えたように核は人類の歴史を変えるだろうが、その変えかたは火薬の場合よりもずっとドラマチックで危ないものになりそうだ。核は今もわれわれにとって筆頭の脅威である。
池澤氏は作家と言うより、哲学者だと思う。20年以上も前に書かれた論文とは思えない思索がここにはある。

2013年4月10日水曜日

真理・経済


二木立氏の「名言・警句」より、紹介。
宇都宮健児(弁護士・日本弁護士連合会前会長。
(2012年末の東京都知事選挙に立候補)
「リベラルな勢力の人たちは『正しいことを言えば運動は広がる』と思っている気がします。正しい政策作りは1割の力で、残り9割は、有権者の心理に切り込む作戦に注ぐべきです。(中略)好きな言葉に『同質の集団の集まりは和にしかならないが、異質の集団の集まりは積になって広がる』というものがあります。違う考えの人たちが手を結べばかけ算で運動は広がる」(「民医連新聞」2013年3月4日号。全日本民医連第2回評議員会での講演)。二木コメント-本「ニューズレター」103号で紹介した湯浅誠さんの「共感の技法」や原昌平さんの「『ゆるさ』が必要」と、同じ問題提起と思います。同104号で紹介した、冨田和彦さんの「トップのコミュニケーションには、組織の空気を少しずつ変えていく根気強さが必要だ」とも一脈通じると感じました。

有権者の心理に切り込む作戦とは・・。「共感」「ゆるさ」どれも、しっかりとした土台があって、それにプラスされなければならないことであると考える。

小島寛之(帝京大学経済学部教授、数学エッセイストとしても活躍)
「テレビや新聞で、経済学があたかも堅固な真理性を備えたものであるかのようにうそぶく人がいるが、そんな言説に騙されてはいけない」、「経済学は、現実解析の学問としては、まだ完成からはほど遠い状態であり、社会設計や政策選択の科学としては無力に近い状態だ。世の中には、経済学的な主張をあたかも『科学的真実』かのように堂々と語る経済学者も多いが、きっとそういう人たちは、ある種の社会的立場からうそぶいているか、あるいは、物理学を勉強したことがないせいで『科学的真実』とはなんであるかがまったくわかっていないのであろう」(『ゼロからわかる経済学の思考法』(講談社現代新書,2012,4,20頁)。
 経済学を学んだことのない私にも、「アベノミクス」「3本の矢」とかの言葉だけで、世の中が良くならないこと位わかる。失われた20年の原因をつくった手法とまったく同じことをやろうとしているだけである。失われた30年にならないことを祈るのみである。


2013年4月8日月曜日

沖縄のメディア


 何度か紹介しているが、東洋経済の佐藤優氏「知の技法」は面白い。沖縄のことを知るには、「琉球新報」「沖縄タイムズ」を読むべきだと言っている。両紙は英語版も充実していて、外国のインテリジェンスもよく読んでいるという。そのことを知らないと以下のような発言が出てくる。以下、紹介する。

沖縄のメディアは移設反対をあおっているか?
東京の政治エリート(国会議員や官僚)には、「普天間飛行場の移設先とされた辺野古の住民など圧倒的大多数の沖縄県民は、移設を歓迎か容認しているにもかかわらず、琉球新報、沖縄タイムスをはじめとする沖縄のメディアが、反対をあおっている」という現状認識をしている人が意外に多い。
3月26日に自民党の国防部会で小池百合子元防衛相がこう述べた。「沖縄の先生方が何と戦っているかというと、(米軍普天間飛行場の県内移設に反対する)沖縄のメディアなんですよ。今日はこちらに地元メディアもいると思うが、しかしながら、あれと戦って今回のご当選をされてきたということは、むしろ沖縄のメディアの言っていることが本当に県民をすべて代表しているとは、私ははっきり言って思いません。これからも堂々と地元と国会議月としての役割を果たして頂けるように後押しをさせていただきたい。」(3月26日朝日新聞デジタル)。
沖縄選出の自民党国会議員は米海兵隊普天間飛行場の県外移設を公約、それで当選した事実を小池氏は認識していないようだ。小池氏の現状認識で政府が沖縄に対応すると、近未来に深刻な事態が生じる。
こんなレベルの国会議員が堂々と発言している自民党は底が知れている。まさに深刻な事態が生じるかも知れない。

2013年4月5日金曜日

ユダヤ人の歴史


以前にも紹介したことがある「もういちど読む山川:世界史」をぱらぱら読んでみた。
その中で、「ユダヤ人の歴史」として以下の文章があった。
ユダヤ人の歴史
前13世紀に南シリアのパレスチナ地方に侵入し定着したヘブライ人は、みずからをイスラエル人と称し、またユダヤ人ともよばれた。彼らはユダヤ教とキリスト教をうみだすとともに、唯一神ヤハウェへの信仰と選民思想とをよりどころに、いくたの苦難にたえながら、今日まで聖都イェルサレムを核として一体性を保ってきた民族である。
前11世紀末に王国をたて、ダヴィデ・ソロモン両王のもとで栄えたが、その後、北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂し、さらに両国ともそれぞれアッシリアと新バビロニアによってほろばされる。なかでもユダ王国の滅亡に際しては多くのユダヤ人がとらえられて東方に送られ(バビロン捕囚)、彼らはペルシア王キュロスの手で解放され帰国を許されたものの、この時代に世界各地へのユダヤ人の離散(ディアスポラ)がはじまった。
祖国にとどまったユダヤ人はそののちも大国の抑圧に悩み、セレウコス朝シリアに対する抵抗に成功して一時独立を達成するけれども、ローマ帝国との戦いに敗れて、イェルサレムは破壊され、ディアスボラの動向もまた決定的となった。
中世から近代にいたるまでイスラエルの地はビザンツ帝国・アラブ人・十字軍・オスマン帝国そしてイギリスにあいついで支配されるが、ヨーロッパ各地に離散したユダヤ人たちも社会の下層にあって差別と抑圧の対象とされた。
19世紀の未、古代イスラエルの地にユダヤ人の国家を再建しようとする運動(シオニズム)がうまれ、第二次世界大戦後イスラエル建国となって結実する。しかしそれは7世紀以降パレスチナに住み続けたアラブ人を排除する結果をともない、現在にいたるアラブとイスラエルとの尖鋭な対立の原因となった。
イスラエルとアラブとの戦いのルーツは紀元前13世紀からの歴史に根ざしている。あらためて紛争解決の困難さを感ずる。そういえば、PLOのアラファト議長が亡くなって大分経つが、毒殺されたのではないか?という記事もあったことを思い出した。

2013年4月3日水曜日

名言・警句


『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻104号)』
私の好きな名言・警句の紹介(その99)-最近知った名言・警句のなかから、一部紹介する。
美輪明宏(歌手、77歳。2012年「NHK紅白歌合戦」に初出場して、1965年発表の自作曲「ヨイトマケの唄」を熱唱。音楽配信サイト「レコチョク」が行った「紅白で最も印象に残ったアーティスト」投票で1位に)「60年同じスタンスでやってきましたでしょ。これまでも『美輪は変わらないのに、世間がついてきた』と言われてきました。今度もそうかな、と」、「日本の美を知る環境に育ち、それが軍国主義であっという間に否定されるのを見てきました。私のスタイルは、軍国主義に対するレジスタンス、戦闘服なんです」(「毎日新聞」1月30日朝刊、「『歌う美輪さん』衝撃」)。二木コメント-私も40年間「同じスタンスでやってきました」が、美輪さんを見習ってさらに20年それを続けようと思いました。私は、日本がまだ貧しかった1950年代の日雇い労働者(ヨイトマケ)の汗と涙を正面から歌い上げた「ヨイトマケの唄」は、社会福祉の「どんなきれいな」政策よりも、「どんなきれいな」理論よりも、日雇い労働者を「励まし慰め」、彼らに対する偏見や差別の解消に貢献したと信じており、1994年から現在に至るまで20年間、日本福祉大学のゼミコンパ、学部・大学院の講義、各種の懇親会で歌っています。2006年には、この唄を国際的にも広めるべく、本学の小泉純一教授(英語)の助言も受けながら、歌詞を実際に歌えるように英訳しました。同じ年に、韓国人と中国人の友人に頼んで韓国語訳・中国語訳も作ってもらい、各種国際会議の懇親会では、できるだけ、日英中韓4か国語版のヨイトマケの唄の歌詞を配布しています(以上、4月1日に出版予定の近著『福祉教育はいかにあるべきか-演習指導と論文指導』勁草書房、第1章)。4月に日本福祉大学学長に就任したら、この唄を(事実上の)「日本福祉大学第二校歌」にしたいと、密かに考えています。なお、各国語訳をご希望の方には個別に差し上げますので、ご連絡下さい(著作権法上、本「ニューズレター」に掲載することはできません)。
   山田洋次(映画監督。新作「東京家族」(1953年)は映画史に輝
小津安二郎「東京物語」を、東日本大震災後の現代に舞台を移し
て「なぞった」作品)「『東京物語』と『東京家族』で見終わった後の
印象が違うとしたら、小津さんと僕の人生観が少し違うってことじ
ゃないですかね。小津さんは、やっぱり少し冷たいんです。人生
を突き放してみているところがある。虚無的ですよね。僕は希望
というのを捨てたくない。見つけにくいものですけどね」(「朝日新
聞」2013年1月30日朝刊、「山田洋次『東京家族』語る」)。二木コメ
ント-山田監督は、「武士の一分」(2006年公開)でも、次のように
「希望」を語っていました。
 私も、「東京家族」を観た。「東京物語」をもう一度観たいと思い、ツタヤに行ったら、貸し出してあった。近いうちに観てみたい。
 三輪明宏氏は、現在の煌びやかな格好に惑わされてはいけない。ものすごく筋の通った人間であると思う。

2013年4月1日月曜日

震災日録


以前にも紹介した、森まゆみさんの著書「震災日録」(記憶を記録する)から。
昨日、田名加さんが言っていたことが頭から離れない。「金をもらって原発を認めてしまった人はその責任をとらなければならない。原発内で出た使用済み核燃料は製造物責任でそこに置いておくしかありません。
岩手のほとんど汚染されていないがれきを東京が引き受けるのはまだしも。大熊町へ双葉町の住民は核を受け入れた責任をとるべきだし、除染は移染にすぎない。もうそろそろきれいごとはやめて、もうここには住めない、ならどうするか、ということを提起しなければならない。こういうと東京の住民を喜ばせるだけかもしれませんが。
福島の子どもに罪はないのに、と私が言うと、「それもキレイゴトだと思う。子どもを守るのは親の責任です。親が子どもを逃がすか、一緒に避難するか、そこに留まることを選ぶか、それによって子どもの未来が決まるでしょう。国が住民の命なんか守りつこないことは証明済みですから」。
30年近く、原発と対峙し、差止訴訟の中心におられる方の冷静なきびしい言葉である。田名加さんは志賀原発から近い羽咋市でヨウ素剤を配布するよう運動し、成功した。
「原子力を受け入れるということは、海も空も田畑も汚し、取りかえしのないことになるんだということを、覚悟して受け入れるならいい。無責任にただ金をもらいへ地域振興の甘い夢に乗せられて、原子カムラのいいなりになる人が多すぎる。ムラなんてかわいいものじゃない。日本は政財官学マスコミのよってたかってつくった原子力帝国です」。
注:文中の田名加氏は、おそらく「多名賀哲也」氏のことだと思う。誤字と思われる。
多名賀氏は30年以上、原発問題に向き合ってきた人だけに、綺麗ごとでない言葉だが、重い言葉と考える。よってたかってつくった原子力帝国・・・。