2014年9月16日火曜日

読書術


 ひさびさにわが家の書棚を見た。かなり前に購入した「読書術」GOMA SELECT(黒川康正)が眼に留った。調べてみると絶版になっているようだ。その中で今すぐに役立つところを紹介する。
《集中読書を可能にする実戦テクニック》
・「こま切れ時間」を読書タイムに活用するために、いつもポケットサイズの本を持ち歩くようにする。
・喫茶店、駅のプラットホームなど、すべての「待ち時間」を読書タイムにする。
・一冊の本を読み終えてから次の本に移るより、複数の本を併読したほうが情報収集の効率が上がる。
・就寝前に読む本には、専門書よりも、頭をリラックスできる内容の本を選ぶ。
・通勤電車は、早く着くことより、座れるかどうかで通勤ルートを再桧討してみる。
・本を「小型化」すれば満員電車の中の読書も可能。
・読書に集中できない環境では、目次だけを読む、「インデックス処理」 をするなどの単純作業に徹する。
・興味がわかないのにマスターなければならない分野の本は、読書の「起爆剤」としてテレビ講座やニュース番組を利用する。
・十分に理解すべき重要情報は、何度も読むよりテープに吹き込んで聞くほうが効率がいい。
・耳で聞く読書は、自分でテープに吹き込まずに他人を使うほうが時間の節約になる。
・ 読書の邪魔をする騒音には、別な「爽普」で対抗する。
・読書のBGMは、小鳥のさえずりなど、自然の音をエンドレステープにしておく。
・読書は、「一日一冊」などノルマを課さないほうが得るものが大きい。
・読書を妨げる気になることは解決の見通しだけでも付けておく。
・まとまった休暇では、遊びと遊びの間に読書時間を設けたほうが効果が大きい。
 おびただしい本が生産され、短い命で絶版となっていく。わが家の書棚から新たな命を見つけ出すのも楽しい作業である。

2014年9月9日火曜日

臆病


二木立氏の「ニューズレター」の私の好きなメイゲン・警句の中から一つ紹介する。
柳沢協二(元内閣官房副長官補、防衛省出身で安全保障政策に詳しい)
「臆病なのは、自分が正しいかどうかを振り返ることのできる知的な行動の表れで慎重な態度。『自分が正しい』と蛮勇を振るって戦争を起こすより、臆病でいる方がはるかにいい」(「中日新聞」2014年8月1日朝刊「特報」。菅義偉官房長官が安倍内閣の支持率が下降傾向にあることに関連して「国民が安全保障に臆病だから」と発言したことを評してこう述べた)。
臆病でありべき時と、臆病でなくてはならない時を区別することがますます重要になってくる。

2014年9月5日金曜日

ミニマム生活のすすめ


 言語学者の鈴木孝夫氏の「人にはどれだけの物が必要か」という本が売れているという。もう20年も前に書かれた本が、あらたに文庫本として出版された。ごくごく一部を紹介する。
たった一人で出来る省エネルギーの努力
私が実際に日常行っていることをお話ししたいと思います。私は「できるだけ少ない物、できるだけ少ないエネルギー消費でいかに最大の幸福を得るか」という病にとりつかれてもう二、三十年になります。ですから、なるべく物は買わない、買った物は何十年も使う、そして人が捨てた物は拾うという具合で、たとえばいましている時計は今年で四十年以上になります。まスイスで一九四五年に最初に出来た自動捲きの薄型ですが、四十年間世界中を歩くのにこれを使ってきました。勿論修理に金がかかりますが、それでも愛用しています。
それから、私が先ほど炭酸ガス何トンと計算したこの電卓も、実は拾った物ですし、愛用のカバンも父親が使っていたものを引き継ぎ、今年で六十年になります。勿論、毎日大学へ持っていきます。最近、手が取れそうになって修理するのに何千円もかかるという問題がありましたが。
また、私は毎日、朝晩三十分から一時間ずつ家の近所を回って、落ちているカンを全部拾い、リサイクルできるように酒屋の店先の集積場に持っていっています。犬の散歩の時、ただ犬の顔を見て歩くのは非生産的ですから、カンを拾って歩いており、人にはどれだけのものがいるか何千カンになったか分りません。全部踏みつけて平らにして容積を小さくする。そうすると、足を切ってみたりと馬鹿なことがずいぶんあるわけです。
紙も絶対に捨てません。小さなレシートでも原稿用紙でも何でも取っておいて十キロ、二十キロと溜めて古紙回収に出しています。更に、新聞紙も自分で購読しているものは勿論、大学へは車で通っていますが、その途中に新聞紙などがまとめて置いてあるとトランクに入れて持ち帰ります。月に約三百キロくらい新聞紙・雑誌を拾い、それを古紙回収業者にただで渡しています。
「地球を救っているんだ!」という喜びがあるので「お金はいらない」というのです。もっとも雑誌などは利益が少ないので、ただでないと引き取ってくれないという事情もありますが。おおげさに言えば、東京中の古紙を拾って歩きたいと思っているのですが、なにしろ言語学者としての仕事もあれば、研究所の所長としての仕事もあるので、自分の仕事をきちんとしながら、余った時間を出来る限り地球を駄目にしないような活動に使いたいと'ささやかながら行動しているわけです。
いまこそ読まれるべき本だと感じた。大量生産、大量消費をこのまま続けていくと地球が滅びる。今なお成長戦略叫んでいるいる政権に読ませてあげたい本である。

 

 

2014年9月3日水曜日

いい加減でない言葉


日経「シニア記者がつくるこころのページ」が毎週土曜日に掲載されている。8月30日は、文芸評論家の竹西寛子氏の「言葉を先人から学び直す」とい文章が載っている。その中で気になる部分を紹介する。
人間は、使う言葉以上にも以下にも生きていない
「学生時代、古典は知識として知っておかなければならない読む『べし』の世界でしたひところが自ら求めて読むと様相が違ってくるんです。古今和歌集でまず心に残ったのが『世の中は夢かうつつかうつつとも夢とも知らずありてなければ』。『あるとは何か』と考え続けていた心にはしみわたりました」
「高校の先生に『どうしたら今の生徒に古典を教えられるか』と聞かれることがあります。『ご自身がいいと思われたものを、なぜいいと思われたのか素直に描写して伝えてください』と答えます。一首、一句でもいいから自分が本当にいいと思ったら離さない。他人が評価する作品のよしあしとは別です」
竹西さんは和泉式部の歌が好きだという。「なぐさむる君もありとは思へどもなほ夕暮れはものぞ悲しき」の歌がすらすらとでる。「これが干年前の人の歌です。和泉式部というと好色を言われがちですが、詩人の理性がなければこういう歌は詠めません。好きになれば古典の世界は自然に広がっていきます」
編集者として出会ったのが本居宣長。言葉に開眼した。
「戦時教わった宣長は、愛国百人一首にあった『しきしまのやまとの心を・・・』の人。ところが文学全集の担当になって読み直すと全く違った人として現れました。人の生き方は言葉遣いに表れる。人間はその時々に使う言葉以上にも以下にも生きていない。言い訳のできない心そのものの表れとしての言葉。自分が言葉をいかにあいまいにしか考えてこなかったか反省しました」
「人に不愉快を強いないために自分の思いをできるだけわかりやすく伝え、相手の言うことを曲がって聞かないことが大切です。文章は書くのも読むのも全身運動。自分の体を通った言葉でなければ相手に届きません。大事なのは主語と述語で、余計な形容詞や修飾語は不要。いい加減な言葉はつとめて使うまいと努力しています」
「古典は言葉で生きた先人の形見です。いい加減でない言葉を使おうと思ったら、ものを見るときまずいい加減でない見方を求められます。古典のないところに現代の日本語はありません。教わることばかりです」
IT機器の中を無数の言葉が行き来する現代。「いい加減でない言葉」がどれだけあるのか。
「人間は、使う言以上にも以下にも生きていない」ずしんとくる言葉である。大事なのは主語と述語で、余計な形容詞や修飾語は不要、いい加減な言葉は使わない。これもまた然り。

2014年8月28日木曜日

ウクライナ問題


毎日新聞のコラム「海外からの発信」は以前にも紹介したが、いい記事が多い。今回は「ウクライナ」問題である。
対蕗制裁は逆効果
トニー・ブレントン元駐ロシア英大使
ウクライナを巡るロシアと欧米の対立は、マレーシア機の撃墜でさらに深まった。欧米の制裁にもかかわらず、ロシアはウクライナ東部の親ロシア派武装集団を支援する姿勢を崩してていない。この状態は、緊張を高めるばかりで極めて危険だ。緊張緩和には、制裁強化ではなくロシアとの交渉しかないと思う。
まず、ロシアのクリミア半島編入について、ロシアの防衛的側面が強いことを強調しておきたい。ソ連崩壊(1991年)後、ロシアは北大西洋条約機構(NATO)拡大の脅威にさらされてきた。エリツィン露大統領(当時)は90年代、クリントン米大統領(同)から「NATOは拡大しない」との約束を得たと考えていた。
だから99年にポーランドなど(東欧3、カ国)がNATOに加盟したとき、ロシアは裏切られたと感じた。ソ連崩壊後、NATOに加盟した国は計12カ国だ。NATO拡大が続く中でウクライナ危機は発生した。ロシアにとってウクライナは兄弟国だ。特にクリミア半島は54年までロシア領だった。これ以上のNATO拡大を回避するには、クリミア編入しかないとロシアは考えた。
ロシアはウクライナ東部にまで軍事侵攻する計画はないはずだ。ただ、親露派武装集団への支援を中止することもできない。親露派を見捨てることは、プーチン大統領にとって国内での威信を大きく低下させることになるためだ。そのため欧米が制裁を強化しても、ロシアは親霜派支援を変えていない。
マレーシア機撃墜で欧米が対露制裁を強化したのは理解できる。多くの自国民の命を奪われた西側諸国には、制裁強化以外の選択肢はなかった。ただ、制裁は逆効果であることも知るべきだ。制裁によってロシア国内では愛国主義が高まり、西側への敵意が強まった。ロシアを民主的な国にすることの妨げとなった。
ロシアには今、民主主義や法の支配など西側の価値観を知る中産層(ミドルクラス)の市民が約4000万人いる。たぶん、欧州で最も大きな中産層を持つ国だ。
長期的には西側諸国は、ロシアとの貿易を進め、教育や社会的な交流を深めるしかないだろう。自由や民主主義の重要性をロシア市民に知ってもらうことでロシアを変えることが得策だろう。
日本の対中国、対韓国への対応も同じような事が言える。自己満足だけの対応は外交とは言えないのである。

2014年8月26日火曜日

日本国憲法を世界憲章に


毎日新聞のオピニオン欄に「柳田邦男の深呼吸」がある。戦争と大量虐殺は「必然の倫理喪失」として以下のような事を書いている。一部紹介したい。
毎日新聞が折り込みとして発行している「ロシアNOW」の一面に「ロシア作家の戦争観」と題して、近現代の著名な作家たちが戦争というものをどのように見ていたか、その言説を著作の中から拾い上げて特集している。
それぞれの戦争観に戦争体験の有無や思想が投影されていて興味深いのだが、旧ソ連時代に反体制作家だったソルジェニーツィンは小説「煉獄のなかで」において、こう書いている。「いかなる戦争も解決にはならない。戦争は破滅だ。戦争が恐ろしいのは、火災や爆撃のためではなく、何よりも、自ら思考する者すべてを、愚鈍の必然的な暴力に追いやってしまうことだ・・・」
彼は第二次世界大戦で実戦を経験し、思想犯として監獄と強制収容所に放り込まれた経験も持つ。彼の小説はフィクションではなく、現実をリアルに描き出している。日常は考える力を持つ人間でも、戦場では「愚鈍」になり、その結果、「必然的な暴力」を振るう人間に変容してしまうという言説は、戦争について論じる時には、絶対に前提条件とすべきものだ。 中略
では、無防備の民間人の群衆を一斉射撃で殺りくするソ連軍兵士たちの心理や感情はどうだったのか。おそらく日常における正常な心理や感情とは異次元の状態になっていただろう。共産主義国家の兵士として、日本人であれば軍人だろうが民間人だろうが、掃討すべき資本主義・帝国主義の先兵として虫けら同様に踏み潰すべき存在に過ぎないのだ。
もはや一人一人が人生や家族のある人間なのだといった感情も理性も働いていない。私(一人称の命)でも、あなた(二人称の命)でも、彼・彼女(三人称の命)でもない単なる標的(無人称の存荏)でしかない倫理観の喪失。 中略
民族、宗教、イデオロギーの違いは、何とたやすく異民族、異教徒、対立思想の相手を無人称視してしまうことか。ソルジェニーツィンの言葉はまさに真実だ。人類の歴史とともに繰り返されてきたこの殺伐とした人間の暗部を超克するにはどうすればよいのか。紛争の解決手段としての武力を永久に放棄するという日本国憲法の思想を、何十年かけてでも世界憲章として普遍化すべく努力することを、今こそ日本の国是とすべきではないか。
一人称でもない、二人称でもない、三人称でもない単なる無人称の存在である命、なんたる倫理感の喪失。今のイスラム国の紛争はまさにこの状態だ。柳田氏はこれを打破するには日本国憲法の思想であると言っている。

2014年8月20日水曜日

七転び八起き


毎日新聞の野坂昭如氏の連載「七転び八起き」は「集団的自衛権、何故そんなに急ぐか」というタイトルである。一部紹介する。
安倍首相は集団的自衛権の行使容認を押し通した。これからの日本の在り方に関わる大転換を、わずかなメンバーによる閣議決定で決めるという暴挙に出た。昭和9年頃の大日本帝国陸軍の抱懐した考え方を彷彿とさせる。
いかなる事態でも国民の命と平和を守り抜く、その大きな責任があると、安倍首相は言う。時の権力が変われば解釈も変わる。その時々の首相が決めることになる。集団的自衛権に歯止めはない。安倍さんがあとどれくらい首相を続けられるか知らないが、数年足らずの「大きな責任」に過ぎず、あとは知ったこっちゃない。無責任すぎる。野党がいかにもだらしがなく、正面からその本質をあばく力がない。あるいは世間の側の無関心か。
いずれにしても集団的自衛権行使容認は、戦後の大きな曲がり角であろう。日本は戦後69年、集団的自衛権を結ばず戦争に巻き込まれなかった。何故今、そんなに急ぐのか。時代が違うといい、積極的平和主義だという。日本列島はユーラシア大陸の東に張りついたアメリカの楯。自他共に認めていたアメリカの世界の瞥察というポジションは変わりつつある。
アメリカにばかり頼っていられぬ。やられたら自前でやり返すだけの軍備を持つことが肝要。万全の備え抑止力によって平和と安全を確かにするという。言っておく、暖味な抑止力ほど危ないものはない。リスクを伴う。
軍事国家というものは基本的人権の抹殺を意味する。日本は安保に只乗りしているわけじゃない。沖縄という犠牲を払っている。集団的自衛権行使容認はハードな面のみならず、人の心、考え方を硬くする。
野党がだらしないと書かれているが、だらしなくない野党がいることは書かれていない。