2014年12月18日木曜日

粛々と


 月一回赤旗に連載されている大田直子氏の「気になる日本語」。今回は「ブレずに粛々と」である。本来ならばいい言葉なのであるが、使う人が良くないので悪い言葉のように思ってしまう。
好きだった言葉が、世間で急に多用され始めて嫌いになる、ということがけっこうあります。「癒やし」もそうですし、近年では「言葉を紡ぐ」が憎らしくなりかけています。
そんな小姑的字幕屋のムカつきアンテナに最近ひっかかるのが「粛々と」。国語辞典を引くと「静かに行動するさま、おごそかな様子」などとあって、たいへんに慎ましやかです。大声で憎悪を叫んだり、匿名で人をののしることも多い世の中、こうした熊度は好ましくさえ感じます。ところが、この言葉をよく用いるのは政治家や役人、大会社の大幹部。こうなるとニュアンスが変わってきます。
例えば先日、米軍基地の県内移転反対を訴える人が選挙で選ばれたとき、防衛省は「移転は粛々と進めていくだけです」というコメントを出しました。これを聞いて「ずるい!」と叫んだ字幕屋。「移転は進めます」だけだと傲慢な印象ですが、「粛々と」という言葉を差し挟むことでその印象が薄められます。他者(世論)を無視するためのブロック効果でしょうか。「うちらはまじめにルールに則って仕事してます。雑音()には耳を貸しません」という気持ちが見て取れます。
選挙で敗退した現職氏は、退任のわずか数日前に基地移転に関わる申請を承認しました。氏も心の中で「粛々と」とつぶやいていたのかもしれません。あるいは、「私はプレない人間なのだ」と?
周囲の声を雑音扱いして耳を貸さないという点では、まずい兆候が見えているのに「この道しかない!」と突き進むのをかっこいいと思っている人も、どこか勘違いしているのではないでしょうか。
人生でも、いろんな人の声に耳を傾けて、そのたびに揺れ動き、「どうしたらいいのだ!」と悩むのは、めんどくさいことかもしれませんが、絶対的な正解がない以上、引き返す勇気も必要です。
「政治やビジネスは複雑なんだよ。これだから素人は困る」と言われそうですが、素人の声を無視する者こそプロの皮を被ったド素人。私も「こんな字幕はダメ」という指摘にキレそうになるのをぐっとこらえて真摯に悩もうと思います(たまにキレてますが)(おおた・なおこ映画字幕翻訳者)
私達は使ってはいけない言葉、いや使う機会がない言葉ではある。

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