2015年1月27日火曜日

NHK


岩波新書「新版NHK」松田浩著を読む。彼はその序章で次のように言っている。
NHK支配」の根元にメスを
“籾井会長発言”のもつ問題点は、籾井の発言が、ただNHKの信頼を内外で失墜させ、会長としての資質の欠落を露呈しただけにあるのではない。
問題の本質は、もっと深いところにある。それは、公共放送にとって生命である「自主・自律」が、根底から脅かされているという事実である。
安倍政権が周到なメディア戦略のもと、安倍首相を取り巻く財界人グループ「四季の会」と図って政権の代理人ともいうべき人物をNHKのトップに据え、NHKを変えようとしている、その“権力のメディア支配” にこそ、ことの本質がある。   
“籾井会長発言”は、その結果にすぎない。
地震が地下に隠れた地殻の構造を明らかにするように、“籾井会長発言” や長谷川、百田両経営委員らの言動が巻き起こした一連の騒動は、あらためて戦後七〇年の歴史のなかで、公共放送NHKと政治権力、政治と放送の関係が長年抱え込んできた構造的な問題点を大きく浮かび上がらせた。
権力からの放送の自由と自律を保障した憲法や放送法の規定にもかかわらず、なぜ、このような政権によるNHKへの人事支配が可能になったのか。
放送法制や会長・経営委員の選任システム、NHKのあり方を大きく歪めてきた政府・与党による非合法な政治介入の仕組み、それらを罷り通らせてきたメディアや日本社会の非市民社会的な“負” の体質など、“克服” すべきすべての課題について、いまこそ広く国民的レベルで論議を重ね、大胆にメスを入れることが求められている。
安倍政権さえ変われば、といった単純な話ではない。この構造的な“負” の体質を直視し、それらを克服しなければ、必ずや第二、第三の“NHKの危機”が起きてく る。
米カリフォルニア大学のエリス・クラウス教授は、かつてその著書『NHKVS日本政治』のなかで、政治からの放送の「自立」を完壁なまでに保障した放送法の枠組みがあるにもかかわらず、非合法な過程を通じて政治介入(「自己規制」を含めて)が堂々と罷り通っている日本の放送界の現状を、特異な現象として指摘している。
彼は書いている。日本のメディアは、権力を監視する本来の「番(watch-dog)」ではなく、政府を支える「パートナー犬(Lapdog)」ではないか、と。痛烈な批判といっていい。
受信料でなりたっているNHKのすることではない。権力のメディア支配の為に我々はお金を払っているのではないのだ。

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