2013年1月15日火曜日

連載小説


赤旗日刊紙に今月5日より、薬剤師が主人公の連載小説が開始された。まだ、これからどう展開するか、わからないが「イレッサ」のことから物語は始まっている。モデルは民医連薬剤師であろうか。以下7回目の部分を紹介する。

月の舞台(須藤みゆき)

みなとの駅で()
「徹底的な、原因究明」私はそれを、言葉に出してみた。そうすることで、自分の今感じている恐怖から、逃れようとしている。
確かにそうだ。理屈ではわかる。でも、私はいつも、意識のずっと奥の方で、おそれていたのだ。自分がいつか、加害者になってしまうかもしれない、ということに。真夏の夜に心霊番組を見ている時のように、さっきから時々襲ってくるぞっとするような感覚の原因は、まさにそれなのだ。ビラに書かれたあの文字は、決して私の対極にあるものではなく、常に私の横に存在していたのだ。
そして、イレールが世に出た年に薬剤師となった私や広瀬さんは、直接にはその薬を扱ったことはなかったけれど、おそれと同時に道義的責任も、常に感じてもいたのだ。
薬に携わる者として。
それはそういう立場に立たされた時、本能のように当然に抱く感情だ、と思う。少なくとも私と彼女はそうである。その、共通した感性と倫理観が、私たちふたりをつなげている。
「私たち、いつか、加害者になるかもしれないね」私は言った。それは、自責の念からというより、恐怖のあまりに出た言葉だった。「加害者・・か」
すっかり冷めてしまった紅茶を意味もなくかき混ぜている広瀬さんの目は、どこか遠くを見ているようだった。
「そういうおそれのようなものは、私たち、常に持っていないといけないんだろうね」広瀬さんが、言った。
みなとの駅のホーム。埋め立て地に、まるで置き去りにされたかのようにポッンと建つ、小さな駅。
暗闇の中、そこだけが、まるで夜空の彼方からのスポットライトに照らされているかのように、ぼんやりと明るい。
「国家試験の合格発表が掲載された新聞、どうしてる?」突然に、広瀬さんが言った。ホームの上には私たちだけ。工業地帯の照明と、向こう岸の灯り、そして空にはちりばめられた無数の星。私たちは闇の中にいながらも、包まれていた。
「今頃、どこかの空を漂っているんじゃないのかな?」私はプラネタリウムのような夜空を見ながら言った。
今夜は満月。
寒さのために空気はしんと澄み渡り、最近、さらに近眼が進んだのか、眼鏡の度が合わなくなってきた私でも、ドームに張り付くようにして輝く星たちを、はっきりとこの目に見据えることができる。
「空を漂っているって、どういうこと?」広瀬さんは好奇心とも困惑とも取れる、どこか思慮深い表情を作って私にきいてきた。
その時、彼女の乗る上り電車と私の乗る下り電車が同時にホームに入って来た。「今日はもう遅いから。明日は夜救診だし・・」「そうだったね。お疲れさま」私たちは、それぞれ別方向へと向かう電車に乗った。
この機会に赤旗日刊紙を購読していない方は、ぜひ購読を。

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