2013年1月8日火曜日

誤読


 「独裁入門」(香山リカ)を県立図書館で借りて読んだ。今、「独裁者」と言えば、「ハシズム」と言われている人であろう。その中で「ツイッター」について書いてあるところを少々長いが紹介する。
拡散する「誤読」
20127月、ツイッターやネット掲示板で、音楽家の坂本龍一氏が突然、激しく批判されるというできごとが起こった。
坂本氏は、2012716日に代々木公園で開かれた「さようなら原発10万人集会」に参加し、壇上からスピーチを行ったのだ。
その集会には主催者発表17万人へ警察発表75000人といずれにしても10万人前後の人々が集まり、炎天下の中、音楽のライブや大江健三郎氏へ瀬戸内寂聴民らのスピーチを聴いたり、三手に分かれてデモ行進を行ったりした。私も会場にいたのだが、コンサートやスポーツイベント以外でこれほど多くの人たちが一カ所に集うのを見たのは初めてであった。
坂本氏は、主催した団体の呼びかけ人のひとりとして登壇し、会場から多くの拍手を浴びた。呼びかけ人の中では、明らかに坂本氏がいちばん、若い世代にも知名度があるポップスターだったからだ。
それだけ注目も大きかったのか、その晩のテレビニュースの多くは、集会の様子とともに坂本氏が語る映像を取り上げた。そして、その映像にはこんなテロップがつけられていたのだ。
「たかが電気です。たかが電気のためになぜ命を危険にさらさなければいけないのでしょうか。」
この「たかが電気」というフレーズが、ツイッターなどで繰り返し取り上げられ、それに対して批判が殺到したのだ。以下は、実際に私が目にしたツイートの一部だ。
「電気で儲けておいてそんなこと言うな」「二度と電子楽器は使わないでください」「これから猛暑が予想され、電気がないと熱中症で命を落とす人もいます。それでもあなたはたかが電気と言うのですか」「被災地にとっては電気がないことがいかにつらかったか。ニューヨークに住んでいればわからないでしょうが」「私の親は人工呼吸器で生きています。その親に死ねとあなたは言いたいのか」 
この人たちはおそらく、「たかが電気」という印象的なひとことにのみ反応し、あたかも坂本氏が軽い口調で「たかが電気じゃないですか。そんなものなくたっていいんですよ」と電気や電気を使う人をないがしろにするような発言をした、と思い込んだのだろう。
しかし、坂本氏自身がネット上で発表している当日のスピーチ全文から、次の文章を見てもらいたい。
「原発に対する恐怖や、日本政府の原発政策に対する怒りというものが日本国民に充満しているのだと思います。毎週金曜日の首相官邸前の抗議も素晴らしいことだと思いますが、残念ながらそれだけでは原発は止まらない。再稼働されてしまった。(中略)それから、長期的にはなりますが、すぐ止めろと言っても止まらないので、われわれが出来ることは、電力会社への依存を減らしていくということです。こういう声が、もちろん彼らには少しはプレッシャーとなって届きますし、
電力会社の料金体系の決め方の問題とか、発送電の分離とか、地域独占とか、そういうものがどんどん自由化していけば、
原発に頼らない電気をわれわれ市民が選ぶことができるわけです。
(中略)言ってみれば、たかが電気です。たかが電気のためになんで命を危険にさらさなくてはいけないのでしょうか。ぼくは、いつごろになるか解りませんが、今世紀の半分くらい、2050年くらいには、電気などというものは各家庭や事業所や工場などで自家発電するのがあたりまえ、常識という社会になっているというふうに希望を持っています。そうなって欲しいと思います。
たかが電気のためにこの美しい日本、国の未来である子供の命を危険にさらすようなことはするべきではありません。
お金より命です。経済より生命。子供を守りましょう。日本の国土を守りましょう。」
つまり坂本氏の発言の主旨は、電気や電力を軽視することにあるのではなく、「命より大切なものはない」というほうにあるのだ。それを強調するために、あえて「たかが電気と命を引き替えにしてはいけない」という強烈な比較で、参加者に気づきを促したのだろう。私は当日、会場で坂本氏のスピーチを実際に聞いたが、その口調は感情を抑制した重いもので、そこには「たかが電気でしょ」といった軽薄さなどまったく感じられなかった。
こうして考えてみると、「病気の親の命はどうなる」「熱中症で死ねと言いたいのか」といったコメントは坂本氏の主張とはまったく趣旨がずれていることは明らかだ。経済効率優先をやめて、そういう人たちひとりひとりの命を大切にする社会を、ということこそが、まさに坂本氏の言いたいところなのだ。
ツイッター上でも「発言の全文を読んで」「電気なんてどうでもいいと言っているわけではない」などと呼びかけ、誤解を解こうとする人もいるにはいたが、その人たちまでが「事故後にわき出てきた反原発派が擁護しようと騒いでいる」などと批判される始末であった。
繰り返すが、反原発という坂本氏の主張を支持する、支持しないは別として、先に引用したスピーチから「たかが電気」の部分だけを抜き取って、「電気で儲けたくせにいまになって電気不要と言うのか」「熱中症で死ねということだな」と解釈するのは、明らかな誤読だ。そして、その人たちの問題がさらに深刻なのは、「誤解なので、全文にあたって前後の文脈もとらえてください」と誘導しても、そうしようとしないということだ。つまり、テレビのテロップ、ツイッターの140字、ネット掲示板のタイトルの二行か三行だけがすべてであり、そこに何か問題のあることが書かれているのを見つけたら、文脈やニュアンスなどまったく関係なく激しく反応して、批判や攻撃に出てしまう。ある部分だけ切り取られて批判されては、当事者は反論の余地もない。
私も、この集会に参加していたが、香山氏の言うとおり、違和感はなかった。ワンフレーズ、白か黒かの世界は我々をどこへ導くのであろうか。


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