2011年10月11日火曜日

北の国から

震災関係の文章が多くなっているが、私の中では、飽きてはいけない課題となっているので、多くなってしまう。
「革新懇ニュース」に倉本創氏の話が載っていたので紹介する。以下全文。

戦後最大の災害、福島原発事故。四季豊かな北海道を舞台に家族のきずな、生き方などを問いかけたテレビドラマ「北の国から」の作者はどう考えているのか。
罪が深い.原発事故
東北での大津波や大地震は以前から検証されていました。貞観の大地震(869)まで戻らないでも資料は残っているし、吉村昭さん(作家)の『三陸海岸大津波』でも聞き書きで詳しく書かれています。それなのに福島の海岸線に原発を建ててしまった。 
「危ない」と言った学者はいたと思いますが、御用学者だけの意見が採用された。「不都合な真実」は隠ぺいされたということです。
日本の場合、放射能の被害という大事件は、広島、長崎がありました。原爆にあいながら、また起こしたという罪の深さはいいようがないですね。
ぼくも東電の柏崎刈羽原発(新潟)などに行ったことがあります。東電の人からは原発について「絶対安全だ」といわれました。しかし、放射性物質を出す使用済み核燃料はどこかで消えるという保障がない。その消せないものが残るのに、モノ(原発)をつくってしまった。ここにそもそもの根源があります。
人問の活動を地球の運動に
エネルギーの需要と供給の解決策の一つとして、人間の活動時間を地球の運動に合わせるということがあります。1960年代には65%ぐらいが夜の10時には寝ていました。それがいま12時を過ぎている。テレビは人が寝静まった時間までやっている。またヨーロッパでは60%ぐらいの家が一家で食事をしている。父親が5時とか7時に家に帰るからです。日本では8時過ぎても帰らない親が半数以上です。一家で食事するのは「月に一回もない」という子どもが7%います。家庭崩壊も生まれています。
これらを解消するには、ここ富良野では太陽が上がるのがいま5時半ぐらいですが、人間活動の時間帯を思い切ってずらすことを考えていいと思います。
変えたいこれまでの価値観
今回の災害は、日本の大きな転換点にならなければいけないと思います。66年前の終戦のときは、軍国主義を否定し民主主義に向かいました。そのとき、いっしょに資本主義が入ってきた。
それまでは靴下に穴があけば、おふくろが繕ってくれて'、一足の靴下が1年たち2年たつと、つま先やかかとがゴロゴロしてきた。そうすると、100円で買った靴下の価値が50円に減っているかというと、おふくろやおばあさんの夜なべしている姿が結びついているから、300円、500円の価値になっている。これがそれまでのモノに対する見方でした。
ところが終戦のとき、「これからの資本主義社会では再生産できない(こわれない)ものをつくってはいけない」と教えられた。こわれないと、次のものに買い換えられないからです。
靴下は破れなくてはいけない。破れたら捨てなくてはいけない。それで大量生産、大量消費、大量廃棄が始まった。そのツケとして原発事故が起きたのではないでしょうか。今回の災害から日本が立ち直るためには、こうしたこれまでの価値観'根源的な考え方を変えなければいけないと思います。
「気がつけば今五郎の生き方」
いま富良野では「北の国から」の放映30周年を記念する行事がおこなわれています。「気がつけば今 五郎の生き方」という言葉もポスターになっています。
主人公の黒板五郎は、化石燃料も使わないし空気も汚さない風力発電、その頃はあまりいわれなかったクリーンエネルギーを発想した。お金を使わなくても知恵と労力で'やろうと思えばできるという生き方、座標軸をしっかりもっていた。
自然現状に合わせて、早寝・早起きから始めてみると価値観が変わってくるように思う。

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