2013年3月27日水曜日

玄侑宗久

 
「3・11後 忘却に抗して」(毎日新聞)の中で、玄侑宗久さんの文章を紹介する。


墨色の被布―――作家の玄侑宗久さんは、福島県三春町にある寺の住職でもある。寺は福島第一原発から西へわずか45キロ。震災直後の2カ月で、玄侑さんの寺の檀家だけでも5人が自殺した。
「福島県民の間で、いくつもの心の分裂が深刻化している」と言う。放射能から逃れるため福島から出る、出ない。残ったとしても地元の米や野菜を食べる、食べない。子どもに食べさせる、食べさせない。それらはまるで「踏み絵」のような苦痛を伴う。
「放射能の問題は、結局精神的な問題になってしまっています。年間100ミリシーペルー以下の低線量被ばくについては健康被害を示す明確なデータがない。現代人は分からないことに向き合うのが苦手ですからどちらかに分類したがり、その結果二つの極端な立場が生まれた。放射線は少なければ少ないほどよいと考える悲観的立場と、塩分などと同様に放射線も適量ならば体にいいという楽観的立場です。どちらも医学的には証明が難しいため、信仰に近い様相を呈しています」
万が一を考えれば、悲観的立場の方が“正義”だろう。「注意しなければならないのは、こうした態度を他県の人から取られれば、それはあっさりと『差別』になってしまうということです。福島の人とは接しない方がいい、結婚しない方がいいと」
玄侑さんは、ひとまず冷静になって原発事故前の生活でどれだけ被ばくしていたか知る必要があるとし、放射性カリウムを例に説明する。
「放射性セシウムばかり注目されていますが、もともと自然界には放射性カリウム40がある。我々にとって必須ミネラルであるカリウムのうち、0.01%は放射性カリウムで、バナナにも40ベクレル、米には1キロ当たり30ベクレルほど含まれる。体重60キロの人は約4000ベクレルの放射線を発しています。これが有害なら母親が赤ちゃんを抱くのも危ない。今福島に必要なのは、信仰やイデオロギーに陥ることなく具体を見ながら対処することです。夢のような放射線ゼロを目指すこの正しき人々が、私は最も怖いのです
福島を分裂させる原因は、国の責任放棄にもある。昨年4月から政府の東日本大震災復興構想会議委員も務める玄侑さん。放射能に汚染された土壌などを保管する「中間貯蔵施設」の建設を巡る問題を気に掛ける。野田佳彦首相(当時)は原発が立地する双葉町と大熊町を含む双葉郡(6町2村)内への設置を要請しているが、「なし崩し的に最終処分場になるのでは」との懸念もあり、結論は出ていない。
「国は、双葉郡の62村で話し合って決めてくださいと言っているが、決まるわけがない。8町村が集まれば、たとえ双葉郡内での受け入れはやむを得ないと思っていても、みんな自分の町だけには持ってこさせたくないわけです。双葉町の井戸川克隆町長は『双葉郡民も国民ですか。憲法で守られていますか』と聞きましたが、人権の問題が出てきたら、もう当事者間では決まりません。みんなの人権を守るために誰かの人権を踏みにじるのが国家の仕組みですが、その責任を国家が放棄したのですから」
玄侑さんはやや身を乗り出した。だが、怒りを抑えるように落ち着いた口調のまま続けた。「結局、自己責任の発想です。国は、町村がこう言ったからこうしたという言い訳を常に考えている。国は腹案を持っているはずですから、県も交えて腹を割って話し合い、ごまかしなく誠意をもって正面からお願いするしかないのです。犠牲を強いる代わりに当然の手当てとして、一時的にせよ永続的にせよ、町村単位で移転できる代替地を国があっせんせねばなりません。そうでなければ全国に散らばった福島県民は、完全にユダヤ人状態になってしまう。国としての責任と決断が問われています」
震災を機に、原発に代表される効率や市場経済を優先するシステムの危うさが露呈したはずだった。しかし、この国はその教訓を生かす方向には進んでいない。玄侑さんはそう感じる。
特に納得がいかないのは環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加に向けた、震災前と変わらない国の態度だ。「福島は風評被害だけでどうしようもない状況ですから、世界的競争力も何もありません政府はTPPに参加しなければ『バスに乗り遅れる』と言いましたが、そのバスはどこへ向かっているのか。世界の流れがおかしくなっているとは思いませんか。IMF(国際通貨基金)が助けようとしているのは、ギリシャ人ではなく、ギリシャの銀行なのですよ」と、語気を強める。

私には、以下の言葉がキーワードとして心に残った。
夢のような放射線ゼロを目指すこの正しき人々が、私は最も怖いのです
みんなの人権を守るために誰かの人権を踏みにじるのが国家の仕組み
結局、自己責任の発想です
IMF(国際通貨基金)が助けようとしているのは、ギリシャ人ではなく、ギリシャの銀行なのですよ

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