2013年8月30日金曜日

オリバー・ストーン


  米国の映画監督オリバ-・ストーン氏がこの夏、広島、長崎を初めて訪問しました。両市で開催された原水爆禁止世界大会(3-9日)に参加し、分科会や全体集会で講演。
その内容が「平和新聞」の8月25日号に載った。一部を紹介する。
   「『原爆投下は正しかった』との言説は、米国がつくった神話だ」と訴えます。
   「歴史を学ぶことこそが、過去の過ちを決して将来に繰り返さない道です」と繰り返し強調してきました。
   9日の閉会総会では、青年から「若い世代に平和や核兵器への関心を広げるためにどう訴えたらよいか」と質問され、「真実を伝えるべき」と答えました。
   「どんなに残酷に見えても、真実そのものを知らせるべきだと思います。戦争の本当の姿は残酷だったのですから。『黒い雨』(令村昌平監督)や黒澤明監督の『八月の狂詩曲(ラプソディー)』といった映画や、『はだしのゲン』のようなマンガを使うのもいいと思います。本当の姿こそが、人々の心を揺り動かすと思います」
   同時に、日本によるアジア諸国への侵略の歴史も忘れてはならないと強調します。「安倍首相は非常に右翼的で危険な人物だと思う」と述べ、原発推進の姿勢について「まるで日本は広島、長崎から何も学んでいないかのようです」と語りました。
   オリバー・ストーン映画監督のようなアメリカ人がいることは非常に心強い。われわれ日本人も歴史に学び、「怒る」ことを忘れてはならない。

2013年8月28日水曜日

真の公僕とは


ノンフィクション作家の柳田邦男が毎日新聞のオピニオン欄で
問われる官僚の意識改革 避難生活 実体験を
 と題して官僚批判をしている。一部紹介する。
  20年余り前のこと、評論家の山本七平氏がすい臓がんの治療のため、東京都内のある総合病院に入院中、七転八倒するほどの激痛に襲われた。主治医は「疼痛治療は麻酔科の領域なので」と言って積極的な対応をしてくれなかった。見るに見かねた友人たちのはからいで、国立がんセンターに転院したところ、がんの新しい疼痛治療法によって、痛みはうそのように消えた。
  その経験を山本さんは絶筆となったエッセーの中で、怒りをこめてこう書いた。<人間というものは、他人の「痛み」にいかに無頓着であるかを、改めて思い知らされた>
患者のいのちと直接向き合う医師の中にさえこういう無頓着な人物がいるのだから、世のさまざまな専門家の現実は推して知るべしと言おうか。東京電力福島第1原発事故の被災者に対する国による救済・支援活動が、2年半近くたつ今なお、まともに行われていない現実を見る時、私は山本氏の言葉を思い起こし、こう言いたくなる。<官僚というものは、被災者の苦しみにいかに無頓着でいられることか>と。
  原発事故に伴う放射能汚染地域のうち、年間累積放射線量が20ミリシーベルト以下の地域の住民は避難指示を解除された後、特別の支援を受けられなくなる。そこで昨年6月、議員立法により、原発事故子ども・被災者生活支援法が作られた。この法律は、基本理念として「被ばくを避ける権利」をうたい、住民が①対象地域から避難しないで住み続けている②対象地域外で避難生活を続ける③避難先から対象地域に戻るーー のいずれであっても、国が医療・生活の支援を行い、健康調査を継続して行うと定めている。
  ところが、法制定から1年以上たつのに、政府(所管は復興庁)はいまだに異体的な支援内容も対象地域を決めるための基準線量(20ミリシーベルト未満の何ミリシーベルトなのか)も決めていない。そのため、住民の一部(16世帯19人)が被災者支援法放置は違法だとして、国に基本方針策定を求める訴訟を地裁に提起した。行政の「不作為責任」を問うというのだ。
  政府の具体策策定の遅れの理由は、基準線量を決める客観的根拠を明示することの困難や、対象地域に対する風評被害の恐れなどにあるようだが、それらは致命的な阻害要因ではなかろう。
最近、問題になっている東日本大震災に伴う復興予算の、奪い合うがごとき流用問題も、根底にあるのは官僚の「行政倫理」意識の欠落だと言えよう。問われるのは、官僚の意識改革だ。
  日本航空は安全意識を役員・社員の血肉にしみ渡らせるため、御巣鷹山慰霊登山、墜落ジャンボ機の残骸展示をしている安全啓発センター見学、被害者遺族の社員への講演などに毎年、取り組んでいる。大震災、原発事故に対応する官僚が真の公僕になるには、自分の家族と共に被災者たちの避難生活を一週間くらい共にする体験が必要だろう。自分の家族がどう言うか聞いてみるがよい。
  あらためて公僕とはなにかを考えたい。

2013年8月20日火曜日

火蛍るの墓

毎日新聞に週1回連載されている野坂昭如の「七転び八起き」は161回を数える。その大部分は氏の戦争体験から、今の日本の状況に対して、必死に訴えている内容が多い。今回は「敗戦の記憶 犠牲者の声を聞け」である。
今、生きている人間のほとんどは戦争に参加も協力もしていない。日本が戦争をしていた時、戦場に赴いた経験をもつ人はもはや、ごく僅か。戦争を知っているといっても、だいたいが子供だった人が多い。
肉親を戦場で失った、あるいは空襲によって、家族も家財もすべて焼かれた、そんな体験を持つ人、育ち盛りに腹を減らし、飢えと隣り合わせの怖さを知っている人が、今、どのくらいいるのだろうか。
戦争中に物心ついた人たちは、少なくともその実態は知っている。現場に居合わせることはなくても、それぞれに降りかかった惨状を骨に刻み、戦争を血肉と化している。そんな戦争を知る最後の世代が、ぼくを含め、ぼくよりだいたい10歳上と10歳下の皆さんでおしまい。
ぼくは、物書きという生き方を選んだ。代表作として「火垂るの墓」があげられる。戦後まもなくの、かわいそうな兄妹の話として、アニメ映画にもなり教科書にも載った。ぼくの体験がもとになっているに違いなく、作品の細部に自分の記憶にまつわるあれこれがある。だが、小説は小説。書いて以後、何十年を経ても、どこか後ろめたい思いがある。
「火垂るの墓」に出てくる兄妹、ぼくはあんなに優しい兄ではなかった。こっちの才能の問題だが、戦争を伝えることは、まことに難しい。それでも物書きとして、書くことが務めだと思っている。とはいえ、今やほとんどが戦争を知らない世代、学校で教わるといっても、通りいっぺんの内容。教える方とてあやふやなのだ。
戦後の教育は、歴史的事柄をとりあえず羅列。なぜ日本が戦争に突き進んだのか、ひとたび戦争が始まれば、人間という生き物はいかに変わってしまうのか、あの時代が特別なわけじゃない。たとえば人は飢えを前に、極悪非道、残酷無惨な府為を平気でやる。戦争がいかに愚かであるか、数えきれない犠牲を出しながら何も伝わっていない。そのしるしが現首相の言動に表れている。このままでは危ない。日本は踏みとどまることが出来るか。お仕着せじゃない資料はいくらもある。今こそあの戦争の犠牲者の声に耳を傾けよ。
戦後68年で、戦争の記憶のある人は75歳以上であろう。後10年もすれば、このような文章を書く作家もいなくなってしまう。これからの10年は非常に重要な10年となる。

2013年8月17日土曜日

マイノリティーの立場


全国革新懇ニュースに作家の「柳美里」さんは、現在進行形の福島原発事故に関連して、「犠牲を生まない社会を」と、文章を書いている。一部紹介する。
原発と重なる沖縄基地問題
危険なものを一方的に押し付けるという点では、沖縄の米軍墓地問題とも重なります。
政府は沖縄の側、国民の側に立ってアメリカと交渉しなければならないのに、沖縄に交渉に行き、「粘り強く説得する」と言います。
これはアメリカ側に立っているからです。沖縄が日本の国土であるならば、沖縄の人の立場に立って、アメリカと交渉するのが筋ではないですか。
マイノリティーの立場から
私は在日韓国人二世というマイノリティー(少数派)です。日本人でも韓国人でもなく、両国の間にいて、関係が悪くなると、居場所が狭められるというか、居場所を失うという感覚があります。ですから、それぞれ立場は違うけれども、福島や沖縄の人の気持ちを考えざるを得ません。
従軍慰安婦問題にしても、「でっちあげだ」「強制はなかった」という前に、被害を受けた方がいるわけですから、まず被害者の話に耳を傾けるべきです。
選挙で政治家を選ぶときも、一人ひとりがなにを言っているのかを知らないといけない。「自民党は安定感があるから」と、雰囲気で選ぶのは無責任です。
私は、一部の人に犠牲を押し付けることで利益を得て、安穏としている社会は構造自体が間違っている、犠牲を生まない社会を目指すべきだと思います。
いつの時代も、マイノリティーが犠牲になる。このような構造事態を失くすことが、今一番必要なことではないか。

2013年8月15日木曜日

笑いの達人

 「考える人」という変なタイトルの本(機関紙)がある。決して売れる本ではないので、大きな本屋さんでないと置いてないと思う。2102年の夏号の特集は「笑いの達人」である。鶴見俊輔さんの言葉を紹介する。
七十近くなって、自分のもうろくに気がついた。自分の今のもうろく度を、自分で知るおぼえ帖をつけたい。
それで『もうろく帖』というものを作った。文庫本くらいの手帳です。たとえば一九九九年の三月十四日に、こんな記述がある。
ふとわが名 忘れし老母は わが面を じっと見やがて 大笑いする
飯塚哲夫
いま私はそろそろ九十になる。当時どういうつもりでこの句を書きつけたんだったか、全く思い出せないんだ。ハー ツハッハ!
おそらく、飯塚哲夫氏の、短歌が面白いので、「もうろく帖」に書き留めたのであろう。後で読んでみて、なぜ書き留めたのか全く思い出せない程にもうろくしたことに「ワッハッハ!」で済ますところがいい。

2013年8月12日月曜日

公人としての適正 

「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」の私の好きな名言・警句のなかから、「公人としての適正」に関する部分を紹介する。
内田樹(思想家、神戸女学院大学名誉教授)
「公人としての適性とは何か。この何年か、メディアは『スピード感』とか『決断力』とか『突破力』とかいう資質を政治家に必須のものであるかのように言い募ってきた。だがそのようなものは政治家が選択する政策の適否とは何の関係もない。公人としての適性は『自分の反対者を含めて集団を代表する』覚悟に尽くされる。自余のものは副次的なものに過ぎない。/自分の支持者、賛同者しか代表できない人間はどれほど巨大な組織を率いていても『権力をもつ私人』以上のものではない。私は『公人』に統治の場に立ってほしいと願う」(AERA201378日号「都議選が示す『公人としての適性』 敵を含む集団を代表する覚悟を」)
二木コメント:この点からみると、安倍首相は「公人としての適性」に問題があると思います。私も、「公人」である学長も、内田氏が指摘したのと同じ覚悟が求められると思い、昨年927日の日本福祉大学学長候補者立会演説会の最後で、次のように述べました。
二木立:「私への支持・不支持にかかわらず、私の『所信表明書』および本日の立ち会い演説会での私の発言についてのご意見、ご提言、ご批判を遠慮なくメールでお寄せ下さい(niki@n-fukushi.ac.jp)。学長に当選できたら、それを最大限生かします。オバマ大統領にならって言えば、学長は、私を支持してくれる教職員だけの代表ではなく、全教職員の代表だからです。もし落選した場合には、残りの半年間の副学長の業務の中で、できる限り生かします。そのためにも、ご意見等は、できるだけ具体的にお書き下さい」。(学長選挙の「所信表明書」と立会演説会「配付資料」をご希望の方は、私にメールでご請求下さい)
 首相は日本全国民の代表であることを、忘れているようだ。

2013年8月9日金曜日

成長より分配



平和新聞にエコノミストの浜矩子さんの記事が載っていた。「アベノミクス」をわかりやすく解説しているので少々長いが紹介する。
参院選で安倍自民党が最もアピールしたのが経済政策でした。「アベノミクスは現実から遊離した虚構の世界」と指摘するエコノミストの浜矩子さんに、安倍政権の経済政策の問題点について聞きました。
「アベノミクス」は、早くも化けの皮が剥がれてきています。
「アべノミクス」とは、要は「金融バブル」を作り出して、それを実物経済に波及させていこうとするものです。バブルで株価が上がれば、貯蓄から投資へとカネが回るようになり、浮かれムードが世の中に広がって人々のカネ使いも派手になり、消費が増えて物価も上がっていくというシナリオです。
ただ、バブルになれば、経済の力学としては金利も上がります。日銀は、せっかくの浮かれムードに水を差す金利上昇を回避するために、金融緩和を行ったり、国債を猛烈な勢いで市場から買い上げたりしましたが、思うように金利上昇を止めることができていません。
また、バブルにかかわった一握りの人たちによる高額商品や外食産業などでの消費は確かに伸びていますが、そのほかの個人消費や企業の設備投資は冷え切ったままですし、地方経済の疲弊も相変わらずです。
安倍政権は、彼らのいわゆる「3本の矢」なる構想を打ち出し、まず「第1の矢(異次元金融緩和)」と「第2の矢(公共事業など積極的な財政出動)」で景気付けをしておいて、そこに「本丸」である「第3の矢(成長戦略)」を打ち込んで、経済低迷から脱却するのだといっていました。
しかし、6月5日に鳴り物入りで発表した「第3の矢」は、市場からは「迫力不足」と評価され、株価も急落しました。これに慌てた安倍政権は、それまで「3本の矢」と言っていたにもかかわらず、突如「第4の矢もある」と言い出して、秋に企業減税をやると約束したのです。安倍政権はもはや、市場によって「人質」にとられているも同然です。政策は、完全に市場にコントロールされてしまっていると言えるでしょう。
金融バブルが暴走する危険
参院選で自民党が圧勝した場合、安倍政権の政治力は強化されますが、経済はそう簡単に彼らの思惑通りにはいかないでしょう。そこが、政治と経済のせめぎ合いの面白いところです。
いつまでも期待に応えるような実物経済への効果が出てこなければ、期待は徐々にしぼんできます。そうなるまいと、さらに金融緩和を行えば、投機筋は日本の株をいっきに買い上げ、株価は上がるでしょう。しかし、彼らは売るために買うのです。売り局面になればいっきに売るので、株価は急落し、一般投資家は大損をすることになります。このような実体のないマネーゲームで右往左往をくり返すことが、目に見えています。
もしバブルが過激に暴走し始めた時、政府や日銀は手際良く風呂敷をたたむことができるのでしょうか。それができなかった場合、その「洪水」に飲み込まれるのは私たち国民です。
足りないのは成長より分配
では、日本の経済どうすればいいのか。私は、今の日本経済に必要なのは、「成長」よりも「分配」だと考えます。
まず、これだけ経済が豊かで成熟している国で、成長軌道が緩やかになるのは自然なことです。ただ、これまでの日本人の努力で高く積み上がった富が、非常に偏在しているのが問題なのです。貧困や地方経済の疲弊といった問題は、成長が足りないから起こっているのではなく、足りないのは分配です。むしろ、偏在した富をより平等に分配することで、結果的に成長率を高めることになるかもしれません。
日本人は高度経済成長期、夏は2カ月間バカンスをとるフランス人や田舎に別荘を持つイギリス人を羨ましく思いつつも、 「彼らは過去の蓄えがあるからできるんだ。蓄えのない日本は、成長の一輪車経済。止まったら倒れるんだ」と言って懸命に働いてきました。
その努力で富を蓄積し、これだけ豊かな国になったのです。これからの日本は、がむしゃらに経済成長ばかり追求するのではなく、過去の成長の果実である巨大な富を別の“豊かさ”に花開かせる段階にきているのです。
国家のために国民ありき
企業がグローバル展開している状況の下では、企業が栄えることが、国民が豊かになることや地域経済が潜性化することに必ずしも直結しなくなっています。そういう中で、国民を「顧客」とする「サービス事業者」として、国家はどのようにその顧客満足度を高めるかということが問われています。
しかし、世界ではグローバル経済の下、国家の台所事情を支えるために国民が痛み付けられるという、本末転倒のことがたくさん起こっています。その中で、国民国家の政府とはいかにあるべきかという根源的な問題が突きつけられているのです。
安倍政権の発想は、どうも国家のために国民ありきで、国家が「世界一」になるために役に立つ国民探しをしているように見えます。(談)
成長より分配、富の均等を「アベノミクス」は忘れている。

2013年8月6日火曜日

東京新聞 社説 8月6日

原爆忌に考える 風立ちぬ、いざ文学よ
201386日東京新聞

 核の非人間性を広島から世界へ伝えた詩人たち。峠三吉没後六十年。書き継がれ、語り伝えられ、色あせることのない叙事詩。そして今3・11文学へ。
 広島市在住の詩人、御庄(みしょう)博実さん(88)は、ゆっくりと、壊れ物でも扱うように、横長の赤い冊子の表紙を開いて見せました。
 <贈呈 御庄博実様 風立ちぬ いざ生きめやも 峠三吉 一九五一・九・二三>
 か細い青い万年筆の文字=写真。「原爆詩集」の初版です。
 もう一枚開きます。
 あの有名な「序」は、ガリ版刷りの手書き文字のようでした。
 <わたしをかえせ わたしにつながる にんげんをかえせ>
 わずか八行、すべて平仮名のそれを目にしたときの衝撃を、御庄さんは今も忘れられません。凝縮された怒りと悲しみが、体中を貫いていくような。
 岡山医大生だった御庄さんは肺結核で療養中に、同じ病を養う峠の詩に出会い、魅せられ、峠たちが創刊した反戦詩の同人誌「われらの詩」の編集に三号から参加した。
 病状が落ち着いて復学が決まり、広島の峠の家へあいさつに訪れたとき、インクのにおいが立ち上る「原爆詩集」を贈られた。刷り上がって三日目でした。
 八歳年上の峠を御庄さんは、兄というより姉のように慕っていたそうです。そう言われれば、「序」に表れた、まっすぐで強い怒りだけではない、全編を貫く<にんげん>へのやさしいまなざしが、詩の言葉に命を注いでいるように思えてなりません。
 肺結核は、当時死の病。血を吐きながら詩作に挑む日々。自らの病と命に向き合いながら、峠三吉は、理不尽に命を奪うものへの激しい怒りを、どうやって、やさしさに昇華させたのか。死を凌駕(りょうが)する詩の力というのでしょうか。

出版統制かいくぐり

 自費出版で五百部だけ印刷された小さな詩集は、連合国軍総司令部(GHQ)が報道や出版を統制したプレスコードの網をかいくぐり、版を重ね、広がった。
 <にんげんをかえせ>は一九七八年、ニューヨークの第一回国連軍縮特別総会でも朗読され、その韻律は世界の心を揺さぶった。
 「原爆詩集」が贈られたその日、二人は夜を徹して、文学のこと、平和のこと、病気のこと、そして命のことを語り合いました。
 御庄さんは、その夜、峠に「叙事詩ヒロシマ」を書いてほしいと迫ったことが、忘れられません。
 あの日広島で起こった出来事を、真実を、より具体的に、そして永遠に歴史に刻み込むような壮大な作品を。
 峠も興味を示していたそうですが、果たされず、峠三吉は二年後に三十六歳で亡くなりました。
 御庄さんは、今も叙事詩を書いています。先月末に出版されたばかりの詩集「川岸の道」。あとがきには、こうあります。
 <「歴史不在」のままに「原子力の平和利用」という言葉に呪縛されつづけて半世紀が過ぎた。僕たちはいま「生命」と「歴史」とに、飾りなく赤裸々に、真正面から向きあわなければならないのだ>
 ヒロシマの光景がフクシマのそれに重なって見えるのは、広島の時間が福島のそれに、つながっているからではないのでしょうか。
 御庄さんや峠だけではありません。栗原貞子の「生ましめんかな」が命の尊厳をうたい上げ、井伏鱒二や井上ひさしが原爆の罪の深さを告発し、「はだしのゲン」が子どもたちの心に平和の種をまき、「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」を戦争を知らない世代が描き継いで、そして
 <ヒロシマ文学>はそれ自体、長大な叙事詩なのではないか。だとすれば、ひと続きの歴史を踏まえ、その先に持続可能な未来の光を示すことこそ、このごろ目立って増えてきた<3・11文学>の役割なのかもしれません。

想像力を働かせねば

 例えば、いとうせいこうさんの「想像ラジオ」が「まるで何もなかったように事態にフタをしていく僕らはなんなんだ」と嘆き、想像の翼を広げて、死者の声に耳を澄ませと、訴えているように。
 死期を知り、だが書き継がれる未来を信じて峠は、自著の扉に「風立ちぬ」と書いたのか。
 私たち読者も、想像力を働かせねばなりません。ともすれば歴史の底に沈んでしまう声なき声を拾い上げ、命の重さをくみ取って、自分なりの未来を思い描けるように、いざ生きめやも、なのです。








2013年8月3日土曜日

国際協調・緊急事態

共済だよりに8月号から新シリーズ「いま、なぜ憲法改悪なのか」がはじまっている。今回は小森陽一氏の①「自民党憲法改定草案の中身について」である。簡単にまとまっているので、紹介する。
自由民主党の「日本国憲法改正草案」(2012427)では、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」(戦力の不保持)、「国の交戦権は、これを認めない」(交戦権の否認)とした日本国憲法92項をばっさりと削って、「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」としています。「国防軍」は、「国及び国民の安全確保」(第二項1)だけでなく、「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」(第二項3)もできるのです。
「国際」という言葉は、日米安保条約の要の概念ですから、国防軍はアメリカのための戦争を、アメリカ軍と「協調」してやるということなのです。
しかも、「国防軍」と日米安保体制の「機密」を保持するために、「軍人その他の公務員」(すべての公務員ということ)を裁判にかける「国防軍」の「審判所」(第二項5)を設けるとまで規定しています。
また、第25条の3では、「国は、国外において緊急事態が生じたときは、在外国民の保護に努めなければならない」とあり、日本人の居る所なら、その「保護」を口実に世界中どこにでも、相手国の主権を無視して国防軍が出動できるようになっています。 
危険なのは「緊急事態」という四文字です。自民党案の九章が「緊急事態」で、「武力攻撃」「内乱」「地震等」の「大規模な自然災害」までは規定してあるのですが、あとは「法律で定める」とあり、内閣総理大臣がこれを「宣言」「できる」(98)とされています。 
「宣言」すると、「内閣」が「法律と同一の効力を有する政令を制定」でき、「総理大臣」が「財政上必要な支出その他の処分」ができるようになり、「地方自治体の長」にも「必要な指示をすることができる」という、総理大臣が全権力を握る独裁戒厳令体制が可能になるのです。
そして憲法を守る義務を国民に課しているのです。主権者である国民が、国家権力に縛りをかける最高法規としての憲法という考え方を、全く逆転させてしまっているのです。
戦争遂行国家が憲法で国民を縛り、問答無用で動員する体制です。
ですから「基本的人権」を定めた現行第97条が全文削られ、すべての基本的人権より「公益及び公の秩序」が優先されるのです。きわめつけは第21条。現行憲法で無条件で保障されている「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」に対し、「公益及び公の秩序を書する」ものは弾圧すると公言しているのです。このような憲法の改悪は絶対許せません。
多くの有権者に自民党による改悪の真相を知らせていきましょう。
ここでのキーワードは「国際協調」「緊急事態」である。この二つの言葉を都合よく使えば何でもできるシステムである。

2013年8月1日木曜日

水俣学

週刊金曜日の田中優子氏の「音と色」というエッセーから、紹介したい。原田正純とう名前からすぐに「水俣病」が出てくる人は少ない。原田さんが亡くなられた年におこなわれた対談集「原田正純の遺言」の紹介をしている。
水俣学の遺言
参院選の投票前に思い出さねばならない歴史がある。水俣だ。思い出さねばならない人がいる。昨年六月に亡くなった原田正純である。
亡くなった年におこなわれた対談集『原田正純の遺言』(朝日新聞西部本社編・岩波書店刊)が先日、ついに刊行された。これを読むと遺言とは過去の述懐ではなく、未来に向かって投げかけるものだと、つくづく思う。
「人類の歴史の中で、技術の大きな変換点というのは何かが起こる可能性がある。それが起こったときに、しわ寄せが来るのは、庶民ですね」「圧倒的に被害者のほうが弱いんですからね。中立ってことは『ほとんど何もせん』ってことですよね。『何もせん』てことは結果的に、加害者に加担しているわけです」「医学も必要だけれども、この人をどうやって救済するかというのは、きわめて政治的、行政的問題でしょう?」
原田正純の言葉は、そのまま選挙の争点である。
原発事故には被害者がいる。にもかかわらず脱原発を掲げず、柏崎をはじめとする複数の原発の再稼働を後押し、海外輸出までもくろむ自民党に投票することは、理由は何であれ加害者になることだ。
196070年代を知っている読者の皆さんは、あのころ、日本人として生きているだけで、朝鮮分断にもベトナム戦争にも水俣病にも加担していることに気付いたはずだ。民主主義国家においては「何もしない」ことを含め、日々の言動が政治的な立場の表明である。今回の選挙も、自分の人間としてのありようを決める行動なのだ。とりわけ参識院の役割はチェック機能であるから、自分自身を決めるという意味では、あいまいな態度の政治家を選ぶことはできない。
「水俣病の歴史は足尾鉱毒事件と同じで、100年も200年も続く事件だと思うんです」「ぼくの経験では、歴史を動かすのは多数派じゃないんです。ほんとうに志のある何人かですね」「これほど社会的な事件を、医学だけで解決できるわけがない・・・いろんな学問が自分たちの分野に水俣を映してみたときに何が見えるか・・・学問の枠を取っ払って、しかも、民衆も参加するような研究の仕方がいま、ものすごく必要なんです」―― これらの言葉には、今後長い時間かけて取り組むべき課題がつまっている。
水俣学は、足尾での谷中学を継承する目的で起こった。それを福島学につなげてゆく必要がある。しかし前者ふたつと違って、福島の被害者たちは「避難民」として別の地に移った。核と原子力が英語では同じであるように、避難民と難民は英語では同じだ。日本は「核難民」を出現させたのである。
では福島学は成り立たないのかといえばそうではない。チェルノブイリが象徴であるように、福島も世界の核問題の象徴になる。いや、そうさせねばならない。水俣学が水俣の住民だけではなく、世界中の文学者や写真家や医学者を巻き込んでいるように、福島学は日本人および、原発をもつ世界中の人々が担うべき課題だろう。原田正純は、水俣を次につなげろと言っている。
中立ってことは『ほとんど何もせん』ってことですよね。『何もせん』てことは結果的に、加害者に加担しているわけです。という言葉はするどい。