2013年4月23日火曜日

お酒の話


杉浦 日向子(すぎうらひなこ、本名 鈴木 順子(すずき じゅんこ)、19581130 - 2005722日)は、日本の漫画家、江戸風俗研究家、エッセイストである。彼女の「食・道・楽」という本から、お酒の話を紹介。
おいしいお酒、ありがとう
なんてこんなに酒が好きなんだろう。酒が、ほんとうにうまいなあと思ったのは、三十を過ぎてからのこと。自分の意思で、店を選び、もちろん身銭で、手酌で、ひとり、たしなむようになってからのこと。
酒が、ほんとうにたのしいなあと思ったのは、四十代になってからのこのと。呑みたい酒と場所を、TPOにあわせて、ぴたりと、使い分けできるようになってからのこと。
つまそれ以降は、接待の酒は、極力辞去。どんなに旨い秘蔵地酒を、眼前にちらつかせられようとも、またの機会に。どうしても、断りきれないギリギリの義理縛りには、適量の二割を、おしめりにいただく。友人との割り勘会には、陽気なおしゃべりを肴に、五割がた呑む。自前で、外食のときには七割がた呑む。いずれのときにも、適量までの残りは、自宅で、ゆっくリ、しっかり、呑む。
酔って帰宅するのは'ものすごく 億劫だ。ことに、すっかり暗くなってから女ひとり、ふらついて夜道を歩くのは、辛気くさい。それがハイヒールだったら、壊れたメーロ/-ムのようで不気味だ。夜更けて、酒臭い息の、もつれた舌で、タクシーの運転手さんに、行き先を告げるのは、もっとずっと恥ずかしい。
怪しい物体になる前に、酔わずに帰る。これは、その日のコンディションにおける、自身の酒量を、いつでも的確に計れるという、酒呑みを自認する者の、唯一無二のプライドである。
へべれけになるやつは、酒呑みのアマチュアだ。酒と対等ではない。酒にもてあそばれているだけだ。おおばかやろう。
とはいっても、そんなのは、単なる理想で、いざ、酔っ払っちゃえば、プライドもアマチュアもへったくれもない。ネイキッドなむき身の、ぐにゅぐにゅアメーバ状態で、大切な時間を、おさおさと止めどなく食んで行くのだ。なんで、酔っ払っちゃうんだろう。けど、酔わないなら、呑まないほうがいい。もったいない。呑んで酔わないなんて、酒に失礼だ。酒の神様の罰が当たる。
呑まなければ、もっと仕事ができるし、お金もたまる。たぷんそうなんだろう。ベッドにもたれ、ゆるり、適量を満たしながら、なんてことのない一日に、感謝して、ほほ笑んでいる。間に合わなかった仕事、ごめんなさい、おいしいお酒、ありがとう。今日も、ちゃんと酔えて、よかった。あした間に合うね、きっと。
彼女はそば好き、日本酒好きで有名であったが、下咽頭がんで亡くなった。46歳であった。酒の飲みすぎはだめよ。これ自分に対して言っていること。

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