2013年7月23日火曜日

「うつ」と「落ち込み」

 
日経「半歩遅れの読書術」精神科医:斉藤環のエッセイは面白い。「新型うつ」に関してのところを紹介する。
昨今の精神医療においてしばしば取り沙汰されるのが、いわゆる「新型うつ病」問題だ。若い世代に多いこの病気については、「甘え」や「怠け」に似て見えるせいか、「治療すべきではない」という意見すらある。関連書籍も数多く出版されているが、むしろ多すぎて混乱してしまう。
そんなおり、かねて私が信頼する精神科医によるうつ病論が立て続けに出版された。まず加藤敏による『職場結合性うつ病』(金原出版)。加藤は昨今のうつ病が仕事の過重による心身の疲弊に関連しているとする立場から、この概念を提唱している。
労働時間の延長やゆとりの減少などとされるが、とりわけ重要と思われるのは、相手を無条件に思いやるフィリア(われわれという感情)の喪失に関する指摘である。
井原裕『生活習慣病としてのうつ病』(弘文堂)は、冒頭から過激な薬物治療批判ではじまる。抗うつ薬の効果はプラセボ(偽薬)とほとんど変わらないというイギリスの報道を例に挙げ、日本の精神医療における「薬物療法依存」を厳しく批判する。
井原はうつ病の多くが生活習慣病としての側面を持つことを強調しつつ、十分な睡眠の確保や断酒、運動の習慣や対人交流といった生活習慣指導を推奨している。こうした「薬に頼らない治療」を積極的に標榜する井原の活動に対しては、同業者として満腔の敬意と賛意を表明しておきたい。
イーサン・ウォックーズ『クレイジー・ライク・アメリカ』(紀伊国屋書店)には、アメリカで生み出された精神疾患の概念が、グローバル化の波に乗って全世界に深刻な影響をまき散らす経緯が描かれている。最終章では、日本のうつ病市場がどのようにメガマーケット化していったかが詳しく検証される。
本書によれば、巨大化をもたらした歴史的要因がいくつかある。電通社員の過労自殺裁判、製薬会社が主導した「うつは心の風邪」キャンペーン(データの捏造もあった)、そして阪神大震災と自殺の急増である。
かくして、わが国本来の「悲しみ」を肯定的に捉える文化的風土は破壊され、変哲や無気力は薬によってコントロール可能であるという幻想がばらまかれ、心の文化は大きく変質したのだ。
なにも医療不信を煽るつもりはないし、何であれ過信と依存が好ましくないのは当然のことだ。私がこの著者たちを信頼するのは、現状を憂えつつも精神医療のあるべき理想”は信じようとするその基本姿勢ゆえである。
悲しみによる「落ち込み」をうつとみなして、治療することは間違いである。悲しみ時はしっかり悲しむことが必要である。後は時間が解決してくれることが多い。

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